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香港などで劉暁波氏追悼 死去1年 中国は活動家ら監視

国際

2018年7月14日 朝刊

13日、香港にある中国政府の出先機関「香港連絡弁公室」前で、故劉暁波氏らの写真を掲げて抗議の声をあげる人々=共同

 【北京=中沢穣】ノーベル平和賞を受賞した中国の民主活動家、劉暁波(りゅうぎょうは)氏の死去から十三日で一年となった。香港メディアによると、香港や台湾などで追悼する集会が開かれた。一方で、中国当局は、国内で追悼の動きが広がるのを警戒し、民主活動家らへの監視を強めている。

 北京の著名民主活動家、胡佳(こか)氏は十三日午後、本紙の電話取材に「警察の車に乗せられ、(河北省のリゾート地)張家口市崇礼に向かっている」と明かした。劉氏の遺骨が海葬されたことから「海岸で追悼などを行わないため、山のほうに向かうのだろう」と話した。胡氏は、香港のネットメディア「香港01」に「(劉氏が亡くなった)七月十三日は、天安門事件のあった六月四日と同様の『敏感な日付』として新設された」と語った。

 香港では十三日午前に民主派団体が主催して中国政府の人権侵害を批判するデモを行ったほか、同日夜には追悼集会が開かれた。

 中国当局が八年間にわたって軟禁状態に置いてきた劉氏の妻劉霞(りゅうか)さんは、一周忌に先立つ十日に出国を認められ、ベルリンに滞在している。香港メディアなどによると、ベルリンでも十三日夕(日本時間十四日未明)に集会が開かれる予定だが、劉霞さんは参加しない意向という。劉霞さんの弟の劉暉(りゅうき)さんは今も出国を許されず、中国当局が劉霞さんの言動を制約するための「人質」(胡佳氏)とも指摘されている。

 中国外務省の華春瑩(かしゅんえい)副報道局長は十三日の定例記者会見で劉暉さんの出国の可能性などについて問われ、「これは外交問題ではない」といら立ちをあらわにした。中国の官製メディアは劉霞さんの出国などについてほとんど報じていない。

<劉暁波氏> 中国の民主活動家。1955年12月28日、吉林省生まれ。北京師範大元講師。89年の天安門事件に至る民主化運動で指導的役割を果たしたとして反革命宣伝扇動罪で起訴され、91年刑事罰免除。2008年共産党独裁の廃止を呼び掛けた「〇八憲章」の発表直前に拘束。国家政権転覆扇動罪で懲役11年の実刑が確定し、服役中の10年12月にノーベル平和賞を受賞した。17年5月に末期がんと診断されたが、中国は国外での治療を認めず、多臓器不全のため同年7月13日に死去した。 (北京・共同)

 

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