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日野用水を次世代へ 市民団体きょう設立シンポ

東京

2018年9月8日

日野用水と田んぼの保全のため市が造った「よそう森公園」で、水の流れを見つめる笹木さん=日野市で

 かつて「多摩の米蔵」と呼ばれた日野市の稲作を支え、豊かな水辺環境の象徴となってきた日野用水を次世代に引き継ぐため、市民団体「水の郷日野ビジョン450」が発足する。8日午前9時半から同市新町交流センターで設立シンポジウムを開き、昨年に開削450年を迎えた用水の保全活動を本格化させる。 (松村裕子)

 日野用水は、戦国時代の一五六七年に美濃国(現岐阜県)から日野に来た佐藤隼人という人物が掘らせたと、市内の旧家に伝わる古文書に記されている。かつては網の目のように巡らされていたが、市街化とともに使われなくなり、現在残っているのは計二十三キロメートルという。

 昨年は開削から四百五十周年の記念シンポジウムが開かれ、「水の郷日野」に欠かせない用水の保全に向けた共同宣言が承認された。市民団体は、宣言の実現に向けて活動する母体として、農家や郷土史家、環境ボランティアら七人が設立準備を進めてきた。

 具体的な活動は、団体の中に学校教育、農家支援、田んぼの保全・復元、用水の恒久的保全の四つのプロジェクトチーム(PT)を設けて取り組む。

 学校教育PTは、小学生に田植えや稲刈りを体験してもらう。近くに田んぼのない学校は校内に造る。講師の養成講座も開く。

 農家支援PTでは、個々の農家のニーズに応じた支援策を練る。相続税を納めるのに田を手放さなければならない場合の公有化も検討する。

 準備会世話人の元市職員笹木延吉さん(75)は「用水あっての水の郷で、日野用水は市の宝。用水を守るには、これ以上田んぼを減らせない」と強調。「会員でなくても、講座の受講や農家支援のボランティアなどの参加の形もある。まず日野用水に関心をもってほしい」と話す。

 

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