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<ひと ゆめ みらい>一台の車から広がる輪 マダガスカルの少女支援活動34年・岡内完治さん(76)

東京

2018年8月27日

支援の記録をまとめた会報や現地の学校の写真を前に、活動について語る共立理化学研究所の岡内完治会長=大田区で

 「戦後のひもじい時代を知っているから、たまらない気持ちになって」

 水質検査製品の会社を経営する多忙な身ながら、中学時代の同級生らと三十四年間、西インド洋に浮かぶ島国マダガスカルの少女たちの支援を続けてきた。最貧国で、女性は特に影響を受ける。最もスムーズな自立の道は住み込みの家政婦なため、家事の技能を身に付ける職業学校の設立と運営を援助してきた。

 きっかけは一台の四輪駆動車を贈ったことだ。一九八四年夏、同級生の納涼会で、級友の女性が、首都アンタナナリボで修道院のシスターをしている姉の手紙を見せた。「世界中から支援物資が届いても人々に届ける手段がない。四輪駆動車を寄付してもらえないか」。当時、国民の75%がその日の食事に事欠く状態。配給の粉ミルクを母親が市で売り、塩や砂糖に換えて家族の命をつなぐと聞き戦後を思い出した。「手分けしてお金を集めよう」

 寄付は全国から集まり、トヨタの四駆を購入した。同社は悪路に対応できるよう無償で改造したうえスペアタイヤや交換用パーツなどを寄付。八五年十月、「たった一台のために航路を変更し輸送してくれた」

 願いに応えたものの、「物的支援だけでは貧困から抜け出す手伝いにならない。教育が必要」と感じ、シスターが携わる職業訓練学校の支援を始めた。二〇〇二年に校舎を新設。年間三十〜四十人を受け入れ、これまでに千人以上が料理や縫製、織物などを学んだ。

 ただ文房具など支援物資の盗難は日常茶飯事。ショールなどを織るために送った織機百台が盗まれたときには「もうがっくり」と苦笑する。でもシスターの「どこかで役に立ってるわよ」という言葉で続けた。

 今春、資金が尽き、秋からの新入生受け入れ中止も考えたが、現地の支援団体「社会組合」が事業を引き継ぐことになった。「NPOなどなかった時代に命がけで活動したシスターの思いがつながる」と喜ぶ。

 現地の経済自立のため、特産の金色のシルクを使った商品の開発を日本で試みるなど、常に心を砕いてきた。現在は地元大田区の町工場を通じて支援に取り組む。石が交じるため安く買えるコメを、自宅で簡単に精米できる道具の開発などに携わる。

 一台の車から広がった支援の輪。三十三年前に贈った四駆は、今も現役で支援物資を運んでいるという。 (原尚子)

<マダガスカル支援> 岡内さんらが始めた「マダガスカルのシスター本間を助ける会」は、文房具やミシンなどさまざまな物資を送ってきた。現在は「タンテーリの会」。寄付の受け付けは郵便振替で「00100−8−600083」へ。

 

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