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<東京人>江戸東京妖怪探訪 「心の近代化」目指した円了

東京

2018年8月19日

明治40年頃、40代後半の井上円了(東洋大井上円了研究センター提供)

 「妖怪博士」と聞いて、どのような人物を思い浮かべますか?

 明治・大正に活躍した哲学者で、現在の東洋大学を創設した井上円了は、当時「妖怪博士」と呼ばれ慕われていました。地方講演(巡講)を積極的に行い、巡講の最中に日本各所の怪奇現象や物品を採集。研究の成果を「妖怪学講義」に記してベストセラーになりました。

 そう聞くと、まるで「妖怪の魅力を広める学者」と思われるかもしれませんが、狙いは真逆のところにあったと、東洋大学教授の三浦節夫氏は記します。むやみに妖怪を信じ恐れる心を改めること−−つまりは日本人の「心の近代化」を果たすことが真の狙いだったというのです。

 円了が手段としたのが「哲学」でした。その数年前に西周がフィロソフィーを「哲学」と訳したばかりで、まだ多くの人になじみのない時代。円了も東京大学哲学科第一期生として学びました。「諸学の基礎は哲学にあり」と悟った円了は、二十九歳の若さで東洋大学の前身となる「哲学館」を創設。お金がなくても、多忙でも学べるようにとの心遣いから、通信教育や、前述の全国巡講も積極的に行いました。

 やがて大学から身を引くと、「哲学堂公園」(中野区松が丘一丁目)を開設。哲理門や四聖堂、六賢台など七十七場を巡れば、誰でも精神的修養が得られるものとしました。

 天狗(てんぐ)や幽霊、鬼や狸(たぬき)の灯篭(とうろう)もあり、今も一風変わった趣を呈しています。哲学堂公園へ、円了の心を感じに出かけてみてはいかがでしょうか。 (「東京人」編集部・日岡和美)

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 「都市を味わい、都市を批評し、都市を創る」をキャッチコピーに掲げる月刊誌「東京人」の編集部が、9月号の記事をもとに都内各地の情報をお届けします。問い合わせは、「東京人」編集部=電03(3237)1790(平日)=へ。

 

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