XMenu

葛飾の史実、詳細に 初めて本土襲う「ドーリットル空襲」 区内で特別展

東京

2018年8月1日

旧日本陸軍の資料やパネルで米軍本土初空襲の実態などを伝える特別展=葛飾区で

 葛飾の「戦争の史実」を伝える特別展「葛飾と戦争」が、区郷土と天文の博物館(白鳥3)で開かれている。区内で少年1人が亡くなった米軍による初の日本本土空襲「ドーリットル空襲」を中心に、戦時下の暮らしや学童疎開の状況などを資料やパネルなど200点で紹介している。 (飯田克志)

 「ドーリットル空襲」は太平洋戦争開戦から約半年後の一九四二年四月十八日にあった。ドーリットル陸軍中佐が率いる爆撃機B25十六機が首都圏を中心に、名古屋、神戸などを襲った。八十七人が死亡し、約四百五十人が負傷した。

 葛飾区周辺には五機が飛来。「三番機」が水元国民学校(現区立水元小学校)を機銃掃射し、金町駅などに爆弾を投下した。国民学校には機銃十五発が打ち込まれ、下校途中で逃げ戻って来た高等科一年の石出巳之助さんが亡くなった。

 博物館によると、当時は旧日本陸軍がドーリットル空襲の被害を詳細に調査して防空体制を再整備したものの、正確な発表や報道はされなかった。一方で、国民の戦意高揚のために石出さんの死は大々的に取り上げられた。

 区は校舎の機銃の痕跡を「弾痕記」として保存しているが、弾痕は石出さんの命を奪った銃弾によるものとするなど、地元で「葛飾での戦争」について誤解して伝わっているケースもある。

 終戦から間もなく七十三年。戦争体験者も少なくなる中、博物館は「正確な戦争の歴史を知ってもらうことが大切」と特別展を企画した。ドーリットル空襲の実態や葛飾で十回を超える空襲があったことなどを、陸軍や区の資料などで詳細に伝えている。

 十九日に記念講演会があり、防衛研究所戦史研究センター史料室の柴田武彦主任研究官が共著のあるドーリットル空襲について語る。受講料二百円で定員百人。事前に往復はがきか、博物館ホームページから申し込む。七日必着。応募多数抽選。

 特別展は九月二日まで。入館は大人百円、小中学生五十円。休館は月曜と第二、四火曜。問い合わせは同博物館=電03(3838)1101=へ。

 

この記事を印刷する