XMenu

<東京人>東京縄文散歩 海底に遺跡が眠る?

東京

2018年7月29日

都内の低地遺跡の発掘調査風景=葛飾区遺跡調査会提供

 縄文時代はいつどのように始まったのか?

 その謎を解く重要な鍵となるのが、縄文草創期(約一万五千〜一万一千年前)の遺跡です。実は東京にも、縄文草創期の遺跡が多数存在すると考えられています。場所は、下町低地や東京湾沿岸の低地の地下深く、そして東京湾の海底の下。

 縄文草創期の遺跡が地下深くに埋まってしまった背景には、複雑に出入りする台地や丘陵に取り囲まれた東京湾の地形と、当時の気候が関係しています。東京湾は、海面の高さが三メートル違うだけでも、現在とはまったく異なる景観が出現する特質を持っています。

 これまでの関連する各種研究機関の調査研究によると、今から約一万五千年前、縄文草創期のはじまりの頃の東京湾の海面は、現在よりも八十メートル低かったとされます。東京湾は現在よりもずっと小さく、周辺には河岸段丘が広がっていました。入江から外洋へと続く地形や平たんな高台の広がる地形は、漁労・採集に最適だったに違いありません。そこには、生活の痕跡も多く残されていたことでしょう。

 しかし、晩氷期にあたる縄文草創期、多雨化した気候により湾には大量の土砂が流れ込み、入江は消滅します。さらに、その後の急激な温暖化による「縄文海進」により砂泥層が厚く堆積し、入江や平たん地は地下深くに埋められてしまったのです。そのため、遺跡が掘り返される可能性は極めて低く、東京の縄文の始まりの謎は解けぬままとなっています。 (「東京人」編集部・山上さくら)

      ◇

 「都市を味わい、都市を批評し、都市を創る」をキャッチコピーに掲げる月刊誌「東京人」の編集部が、8月号の記事をもとに都内各地の情報をお届けします。問い合わせは、「東京人」編集部=電03(3237)1790(平日)=へ。

 

この記事を印刷する