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<ひと ゆめ みらい>日独つなぐ多様な音色 ベルリンで活躍コントラバス奏者・高橋徹さん(57)

東京

2018年6月4日

3自治体交流コンサートで演奏する高橋徹さん=文京区で

 森鴎外(一八六二〜一九二二年)が半生を過ごした文京区の「観潮楼(かんちょうろう)」跡に立つ森鴎外記念館に四月、弦楽三重奏の美しい音色が響いた。同区と幼少期に暮らした島根県津和野町、ドイツ留学中に滞在したベルリン市ミッテ区−。文豪ゆかりの三自治体による初の交流コンサートだ。高橋さんらベルリンで活躍する音楽家が演奏した。

 旧東ドイツの歩行者用信号機の人形マークで、東西統一・友好の象徴とされるミッテ区生まれのキャラクター「アンペルマン」の商標権を管理するアンペルマン社公認大使を務める。社員でないため給料は出ないが日本での普及を担う。

 ミッテ区と姉妹都市の津和野町にドイツから音楽家を呼び、自らが音楽監督を務めるコンサート「アンペルマン室内楽シリーズ」に出演するなど日独親交に尽力。三自治体の交流でも、調整役として奔走した。津和野町東京事務所の宮内秀和さん(51)は「パワフルで行動力もある」と話す。

 江戸川区生まれ。音楽好きの母の影響などで、幼少からピアノ、中学二年でコントラバスを始めた。二十歳でドイツに渡り、世界最高峰のオーケストラとされるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のコントラバス奏者に弟子入り。二十四歳のとき、初めてベルリン・フィルで出演の機会を得た。

 転機は、一九八九年のベルリンの壁崩壊。近所で偶然出会った日本の新聞記者から、ドイツ語通訳の依頼を受けた。「水を得た魚のように(性に)合っていた」。楽しく仕事ぶりも絶賛された。通信社やテレビ局から依頼を受け、原発や選挙の報道に携わり、特ダネをつかんだことも。アンペルマン社との出会いも雑誌の取材だった。

 それだけではない。日本映画をドイツ語に吹き替えるなど声優の顔も持つ。そんな多様な経験が、自らの音楽にいい影響を与え、演奏がさらに楽しくなるという。「技術だけではつまらない。柔軟で音自体に色がある演奏は、さまざまな経験からくると思う」

 「日本人は仕事を奪っている」と、ドイツ人演奏家からねたまれたこともあるが、一緒に過ごすうち、受け入れてくれたと感じられるようになった。「鴎外先生ら日本人が、ドイツでいい結果を残してくれたから、今ハッピーでいられる」。自らの音楽を奏でながら、日独をつないでいる。 (中村真暁)

<アンペルマン室内楽シリーズ> 高橋徹さんが音楽監督を務め、コントラバス奏者として出演するコンサートの名称。アンペルマンと名乗るのはアンペルマン社公認で、日独友好などの意味がある。2011年に始まり、島根県津和野町、東京、福島県、ベルリン市などで開いている。

 

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