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師匠の十八番、継承します 三遊亭円歌さん没後1年 弟子の若円歌さん

東京

2018年6月1日

自身の名前が掲げられた新宿末広亭の前に立つ三遊亭若円歌さん。高座では見られない背広姿=新宿区で

 昨年四月に死去した落語家三遊亭円歌さんの弟子、三遊亭若円歌さん=中野区=が、新宿末広亭(新宿区新宿三)の上席昼の部(一〜十日)に出演する。昨年、三味線漫談家の三遊亭小円歌さんが立花家橘之助(きつのすけ)を襲名したため、来春に三遊亭歌之介さんが円歌さんの名を継ぐまで「円歌」の名が付く弟子は若円歌さんだけ。七十歳を超え、「師匠の十八番(おはこ)を受け継ぎ、自分の落語も確立したい」と語る。 (井上幸一)

 文京区出身。一九六九年に円歌さん(当時は歌奴)に入門。家に住み込む内弟子生活を七年間送り、運転手も務めた。九三年に真打ちに昇進、若円歌となった。

 円歌さんといえば、「山のあな、あな」のフレーズで、歌奴時代に一世を風靡(ふうび)した新作落語「授業中」。若円歌さんはその継承を許された貴重な弟子だ。二〇一一年に上野鈴本演芸場(台東区上野二)のトリで連日口演、福島県など東日本大震災の被災地でも、師匠から「俺の代わりに」と言われて演じてきた。

 「実は、中学校(文京区立八中)を卒業する時、『授業中』を基に自分で台本を書き、芝居をやった。先生の役も演じた」と、入門前から親しんでいたことを明かす。「師匠のそばに居たので、自然に体に入っていたネタ」という。

 円歌さんをほうふつさせる客席に語りかけるような高座で、テンポよく笑いを生む。「初めて寄席に来た方に、面白いと感じてもらえれば」と、落語の世界への案内役と自認。寄席の空気によっては、「授業中」も披露する。

 落語家になる前に通った「歌奴芸能学院」が浅草近辺にあったことから、下町への愛着は強い。「下町には、人情、家族の絆がある。それは落語のメインテーマだからね」

 

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