XMenu

「陸奥宗光の懐刀」に光 墨田出身・中井さん 山東直砥の執筆10年

東京

2018年5月27日

著書「明治の一郎 山東直砥」を手にする中井さん(百年書房提供)

 墨田区出身で、区内の「江戸東京博物館」でボランティアガイドをしていた主婦中井けやきさん(76)=埼玉県川口市、ペンネーム、本名非公表=が、役人、実業家として明治時代に活躍し、「陸奥宗光の懐刀」と言われた山東直砥(さんとうなおと)(一八四〇〜一九〇四年)の伝記を著した。坂本龍馬、後藤象二郎、福沢諭吉、渋沢栄一らと交流があり、「埋もれたままにするのは惜しい人物」と、調べを続けてきた成果をまとめた。 (井上幸一)

 タイトルは「明治の一郎 山東直砥」。(百年書房、二千七百円)。一郎は、若いころの名前だ。紀州(現在の和歌山県)藩士の長男として生まれた山東は、高野山で仏門に入った後、還俗(げんぞく)して幕末の志士らと知り合う。役人として北海道に渡り、東京で私塾「北門社新塾」を運営、神奈川県参事(現在の副知事に相当)となる。実業家としては、出版社、製氷会社を営んだ。西洋バラの輸入をしたのは、山東が日本初とされる。

 外相として不平等条約の改正に尽力した陸奥宗光(一八四四〜九七年)と同郷で、盟友として生涯寄り添った。陰謀事件への関与を疑われ陸奥が収監された際には、東北の監獄を訪ねて家族への伝言を頼まれ、陸奥の葬儀の際は泊まり込みで準備をした。

 歴史好きな中井さんは、四十代で法政大通信教育部文学部史学科に入学、一九九二年に卒業。主婦業の傍ら、ボランティアガイドを務め、伝記や、図書館便りのコラムなどを書いてきた。

 別の作品の関係で北門社新塾を調べるうち、山東を知る。後世にもっと知られていい人物と感じたが、伝記作家が資料を戦火で焼失し、忘れられていたことが分かった。

 山東は役人だったので公文書がわずかに残されていた。締め切りを意識するケースもある職業作家ではない中井さんは、「資料を調べるのが大好き。時間があるので、妥協せず、しっかりと原本に当たって書くことができる」という。今回の伝記の構想、執筆には約十年をかけた。「勇んで激動に身を投じた面白い人物を世に出せ幸運に思う」と語っている。

 本への問い合わせは、百年書房=電03(6666)9594=へ。

 

この記事を印刷する