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<東京人>アジアンタウン 難民が紡ぐコミュニティー

東京

2018年5月27日

1970〜71年に建設された「いちょう団地」=神奈川県大和市で

 一九七〇年代後半、インドシナ半島は荒廃していました。小舟で国から逃げてきたベトナムの「ボートピープル」や、カンボジアで起きた想像を絶する虐殺に、衝撃を受けたことを覚えている人もいるのではないでしょうか。

 これを見た日本政府は例外的に難民の受け入れを決定します。一九八〇年から、神奈川県の大和市を中心として難民支援事業が始まったのです。

 東京人六月号では、彼らがいまも多く住んでいる大和市のマンモス公営住宅「いちょう団地」のコミュニティーを取り上げました。

「難民たちが集まる場所をつくりたかったんです」と語るカンボジア出身のシーワントさん。団地の中でアジア食材店を営んでいます。団地自治会に参加し、厚木にカンボジア寺院を作る活動に奔走する毎日です。

 いちょう団地はまた、本場そのままのベトナム料理を味わえる穴場として日本人にも知られつつあります。料理店「タンハー」ではベトナム風の米麺(フォー)や、バインミーというサンドイッチに舌鼓を打つ日本人の姿が。また、「サイゴン」の店主グエン・バン・トゥアさんは「難民の仲間に故郷の味を、と思って店を開きましたが、いまではたくさんの日本人に来てもらえるようになりました」と言います。

 戦乱の時代からおよそ四十年。難民たちは日本に溶け込み、神奈川に根を張っています。彼らが紡いできた文化や、日本との関わり、民族の歴史が、いちょう団地には詰まっています。 (室橋裕和)

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 「都市を味わい、都市を批評し、都市を創る」をキャッチコピーに掲げる月刊誌「東京人」の編集部が、6月号の記事をもとに都内各地の情報をお届けします。問い合わせは、「東京人」編集部=電03(3237)1790(平日)=へ。

 

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