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三原山火孔探査「観光資源に活用を」 早大OB会 資料、大島町に寄贈

東京

2018年5月5日

当時の隊長だった、恵谷治さん(左)から説明を受ける三辻利弘町長=大島町で

 半世紀前、伊豆大島(東京都大島町)の三原山(標高七五八メートル)で、火孔(かこう)探査を行った早稲田大探検部のOB会が四日、「観光資源として役立てて」と画像記録や資料を町に寄贈した。記念式典では、元探査隊長らが講演。記録映像も上映され、約百人の町民や観光客が赤く踊る溶岩に見入った。

 同部では六六年から八一年まで二十七回にわたり山の火孔を探査。火口に約四百メートルのワイヤを張り、約三百二十四メートル下の溶岩湖に「るつぼ」(耐熱性バケツ)を降ろし約千二百度の溶岩をすくおうと試みた。るつぼは溶岩に沈んだが、ケーブルにこびり付いた溶岩が引き揚げられた。長期にわたる探査で島民との交流も深まったという。

 寄贈式には三辻利弘町長や元探検部長だった奥島孝康・元早大総長らが出席。三辻町長は「五十年前とはいえ、こんな無謀なことをよくやった。今なら許可されません」と苦笑しながら「町は活火山の島という地形を生かしジオパーク観光に最も力を入れている。頂いた貴重な資料を活用していきたい」と強調した。

 伊藤達生OB会長は「大島は探検部にとって大切な場所。今後とも交流を深めていきたい」と訴えた。

 主要な資料を所有していた元隊長で北朝鮮問題を専門とするジャーナリスト恵谷治(えやおさむ)さん(69)には、三辻町長から溶岩の粉をうわぐすりに使った大島焼のつぼが贈られた。

 式典が行われた町内の伊豆大島火山博物館では、探査の様子を紹介する写真や図解がパネルで紹介され、来館者が見入っていた。 (蒲敏哉)

 

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