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「尾久初空襲」を伝えたい アマ講談師・居田さん、作品で平和訴え

東京

2018年4月26日

尾久初空襲の講談を披露する居田政則さん=荒川区で

 太平洋戦争中に米軍機が初めて本土を襲った「ドーリットル空襲」で、最初に爆弾が落とされた荒川区の「尾久初空襲」を伝えようと、元会社員はばたき亭まさの里(り)こと、居田(こた)政則さん(69)が講談を作り続けている。二十五日に三作目を区内でお披露目し、「戦争を忘れてはいけない」と、言葉に力を込めた。 

 「軍隊はこの空襲をなかったことにしたかった。空襲を見た全員にかん口令を出し、翌日の新聞はフェイクニュースばかり−」

 作家の吉村昭氏の小説「背中の勲章」などを参考に、初空襲があった日を描いた新作「昭和十七年四月十八日」の一場面だ。居田さんはこの日、荒川老人福祉センター(荒川一)でのまちづくりの市民グループの催しで、張り扇を片手に声色や表情を変えながら語りかけた。

 「尾久初空襲を語り継ぐ会」によると、初空襲の被害が、地域で公然と語られるようになったのは、十年ほど前。戦時中は軍部が空襲の被害を秘匿、被災者は口をつぐむことを強制されたため、戦後も沈黙を続けたという。居田さんは、そういった歴史にも触れ「初空襲をさらに勉強して」と呼び掛けた。

 趣味で二十年以上講談を続ける居田さんが、初空襲をテーマに講談を作り始めたのは約五年前。原爆が落とされた日など、戦争を知らない子どもが増えているといったニュースを耳にしていた。結婚後に住み始めた荒川区で、初空襲の話題を耳にするなどしていたことから、体験者の話を聞き、資料を読み込んだ。これまでに体験談などをベースにした初空襲の講談を二作品生み出した。

 「体験者には、気持ちを言葉にして語れない人もいただろう。大げさに表現できる講談なら、聞いている人の心に触れられるように語れる」と居田さん。初空襲を知らない人は地元にも多いと指摘し、「事実だけでも知ってほしい。語られるだけ語っていきたい」と話した。 (中村真暁)

 

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