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銀座の繁栄 再び見守る 熊谷稲荷神社 ビル建て替え終え

東京

2018年3月3日

約2年半ぶりにご神体が戻り、新たな社が建立された銀座7丁目の熊谷稲荷神社=中央区で

 中央区銀座7丁目のビル街で長くまつられている「熊谷稲荷(いなり)神社」のご神体が2日、約2年半ぶりに同町に戻った。元の場所から約10メートル離れた通り沿いに新たに建立された社で、再び7丁目の街を見守る。 (神野光伸)

 熊谷稲荷は、源平合戦の一ノ谷の戦いで平家の若武者平敦盛を討ち取った源氏の武将、熊谷直実(一一四一−一二〇七年)が、故郷・武蔵国熊谷郷(埼玉県熊谷市)に凱旋(がいせん)する際に立ち寄ったのが現在の銀座七丁目だったという。その名にあやかって地元民が建立したと伝えられる。

 正確な建立時期は不明だが、数百年の歴史があり、防火や開運、商売繁盛の神として長く親しまれてきた。太平洋戦争中は、銀座の町火消しの流れをくむ「も組」の組頭竹本金太郎氏の妻が、戦火が迫る中でご神体を抱えて逃げようとしたが、急に重みを感じ、その場にとどまった。結果、戦禍を免れた逸話もある。

 熊谷稲荷のご神体は約三十年前、当時そばに建っていた民家の解体に伴い、いったん鉄砲洲(す)稲荷神社(中央区湊)に移された。その後、元の場所に戻されたが、ビルの建て替え計画があり、二〇一五年九月から再び鉄砲洲稲荷神社に預けられていた。

 銀座の街には今も小さな神社が点在しているが、ビルの建て替えなどで姿を消す神社もあるという。熊谷稲荷が建立された土地の所有者は「古くから地域の人から親しまれてきた。その思いをくんで残していきたいと思った」と話した。

 

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