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東京マラソン 完走の笑顔 早春に爽やか

東京

2018年2月26日

完走メダルを胸に、息子の快さん(左)とランニングのポーズをとる斉藤妙子さん=いずれも千代田区で

 色とりどりのランニングウエアに身を包んだ市民ランナーたち、それを後押しするように沿道を埋めた観衆から大声援が飛び交う…。二十五日、行われた東京マラソンは今回で十二回目。「東京がひとつになる日。」を合言葉に約三万六千人が早春の都心を駆け抜けた。二年後の東京五輪・パラリンピックをにらみ、数多くのボランティアの活躍も目立った。

◆江戸川の斉藤妙子さん「子離れの区切り」初のフル

 江戸川区の会社員斉藤妙子さん(50)は今回が初のフルマラソン。シングルマザーとして子どもを育て「子離れのための区切り」として臨んだ。今春、都外の大学に進学して親元を離れる長男の快(かい)さん(18)がゴール近くで待ち受けており、二人で喜びを分かち合った。

 走り始めたのは二〇一三年の夏。中学校の陸上部で長距離に取り組んでいた快さんと、共通の話題を持ちたいと思ったのがきっかけ。「息子が成長するにつれ、会話が減っていかないか心配だった。同じ趣味を持てば楽しく話ができるかもと考えた」と振り返る。

 運動経験はほとんどなかったが、ジョギングから始め、区主催のマラソン大会に参加し、三キロと十キロと距離を伸ばしていった。高校でトライアスロン部に入った快さんと一緒に練習することもあったという。

 この日は六時間余りのタイムでゴール。快さんは「年始にひざを痛めたと聞いていたので、無事完走できてよかった」と母の走りをたたえた。

 斉藤さんは「息子の高校卒業で子育ては一区切り。ランニングを通じて新しい友人もできた。今後は自分の趣味として走り続けたい」と笑顔を見せた。 (榊原智康)

娘の伴走者としてではなく、初めて出場して完走を果たした大久保淳さん

◆杉並の大久保淳さん 障害ある長女に挑戦の大切さ学び 

 「家族に支えられ完走できた。感謝しかない」。杉並区の会社員大久保淳さん(48)は念願の東京マラソンを六時間六分十八秒で走り終え、満足そうに語った。

 知的障害がある長女(20)の伴走者として十キロのコースを三度走ったが、自身は二〇〇八年から落選続きだった。「十五キロ前後にある浅草の雷門を走りながら見たい」とずっと思っていた。

 昨年九月に待望の「当選」の報を受けたが、その三カ月前に右ふくらはぎを肉離れしていた。でも、参加を決めた。「長女が東京マラソンを三回も走り抜いた姿に、挑戦することの大切さを教えられていたから」

 二十キロすぎで足が動かなくなったが、テレビの前で応援する長女と次女(17)、沿道に駆けつけてくれた妻(47)を思って体を前に進めた。「次は五年後、家族とハワイに行ってホノルルマラソンに出たい」。新たな目標ができた。 (山田雄之)

ゴールし、娘の千尋ちゃん(右)、妻の恭子さん(左)と笑顔を見せる飯田聖良さん

◆小平の飯田聖良さん 無職 家族と乗り越えて

 無職だった苦しい時期を乗り越えてフルマラソンで完走した理学療法士の飯田聖良(せいら)さん(35)=小平市=は、ゴール後に妻の恭子さん(33)と長女の千尋ちゃん(3つ)と抱き合い、喜びを分かち合った。「迷惑を掛けた家族に感謝したい」

 キャリアアップのため二年ほど前に転職したが、人間関係がうまくいかずに退職。再就職先が決まるまで二カ月間は貯金を切り崩す生活で、家族の励ましが力になったという。

 三カ月前に恥骨を骨折する苦難もあったが、タイムは三時間五十四分(速報値)と好記録。「やればできると再認識できた。今後も家族と一緒に頑張りたい」と誓った。 (川田篤志)

ゴール後、うれしそうに完走メダルを掲げる鈴木祐美さん

◆墨田の鈴木祐美さん「こんなに温かい応援は初めて」 

 「楽しかった。こんなに沿道の応援が温かい大会は初めて」。三度目のフルマラソンに臨んだ墨田区の会社員、鈴木祐美さん(31)は完走後、爽やかな笑顔を見せた。

 二十八歳のとき、大きな失恋をした。「自分には何もない」。ぽっかり心に穴があいた自分に自信をつけたくて、皇居周辺を走り始めた。一昨年、昨年とフルマラソンを完走。「走ることで強くなった」。前向きな自分に変わったころ、人生を共に歩みたいと思える大切な人との出会いがあった。

 今回は記録を狙ったが、残念ながら目標の四時間を切れなかった。「結婚が決まったら走るのはしばらく封印しようと思ったけれど、このままでは終われない。自己新を達成してから終わりたい」。沿道で応援してくれた彼も、きっと見守ってくれるはずだ。 (井上圭子)

 

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