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「差別ない社会へ」遺志継ぐ 佐川修さん「お別れの会」

東京

2018年1月28日

「お別れの会」参列後に佐川修さんについて語る平沢保治さん=東村山市で

 二十四日に八十六歳で亡くなった国立ハンセン病療養所「多磨全生園」(東村山市)入所者自治会の前会長、佐川修さんの「お別れの会」が二十六日、園内の全生園会堂で営まれた。入所者や職員らが佐川さんをしのぶとともに、遺志を継いで差別や偏見のない社会を目指すと誓った。 (服部展和)

 佐川さんは一九六四年、多磨全生園に入所。二〇〇六〜一六年に自治会長を務めた。高松宮記念ハンセン病資料館(現・国立ハンセン病資料館)や保育所の設置、歴史を伝える記念公園として園を保存する「人権の森構想」などに取り組んだ。参列者はあいさつで「温厚な方だったが、言うべきときは言う人だった」と振り返った。

 自治会長の平沢保治さん(90)は「なぜ先に逝っちゃうんですか」と声を詰まらせた。前回東京五輪が開催された六四年に入所した佐川さんは、平沢さんと「一緒に二〇年東京五輪までは」と約束していたという。

 佐川さんは、資料館の開設を目指して全国の療養所などに足を運んで資料を収集した。資料館は一九九三年に開館し、差別や偏見をなくし、命の大切さを学ぶ場所となっている。一昨年に体調を崩すまでは、平沢さんとともに語り部として積極的に活動。最近も車いすで資料館を訪れていた。

 平沢さんは「縁の下の力持ちだった」と佐川さんに感謝し、「一日一日頑張っていきます。私たちを見守って励ましてください」と天国に呼びかけた。

 

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