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水俣病患者支えた半生 新宿でバー「ノアノア」経営の故若槻さん伝記に

東京

2017年11月7日

出来上がった伝記や募金箱を囲む(左から)若槻登美雄さん、奥田みのりさん、渡辺栄一さんら=新宿区のノアノアで

 新宿でバーを営む傍ら、水俣病患者の支援に力を尽くし、七年前に亡くなった女性の伝記が出版された。水俣病の実態を世に問うた石牟礼道子さんの小説「苦海浄土」に胸を打たれての奮闘ぶりが描かれている。 (増井のぞみ)

 伝記は、新宿区新宿六のバー「ノアノア」を経営していた若槻菊枝さん=享年(94)=の「若槻菊枝 女の一生」。調布市のフリーライター奥田みのりさん(47)が、五年かけてまとめた。

 伝記によると、若槻さんは一九一六(大正五)年、現在の新潟市生まれ。六〇年代後半には都内で、当時はやりのゴーゴーバーだった「ノアノア」など、五店舗を切り盛りしていた。

 七〇年代に石牟礼さんの「苦海浄土」を読み、「こんなことがこの世にあっていいものか」と衝撃を受けた。すぐに熊本県水俣市まで患者に会いに行った。

 手足がえびのように曲がり、話すことができない、目が全く見えない…。苦難を知ってほしいと「苦海浄土基金」と書かれたカンパ箱をノアノアに置き、善意を患者らに寄付した。

 そのころ患者らは、水俣病の原因企業チッソに交渉を求め、東京の本社前で座り込みをしていた。若槻さんは、上京した患者らが寝泊まりできるよう、従業員の宿舎や自宅の一部を提供するなどして支えた。

 二〇一〇年に若槻さんは他界。遺産五百万円は、水俣市の胎児・小児性水俣病患者のグループホーム建設のために寄付された。「菊枝の遺志ですから」と東村山市に住む夫の登美雄さん(82)。

 ホームは一四年に完成した。そこで暮らす渡辺栄一さん(65)は、出版記念の集いに上京し「若槻さんは素直で優しい人。今の家は住み心地が良くてうれしい」としのんだ。

 「若槻菊枝 女の一生」はA5判、三百二十五ページ。熊本日日新聞社刊、千六百二十円。問い合わせは熊日出版=電096(361)3274=へ。

 

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