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<取材ノート>「甲子園の心」を求めて 「都立の星」元監督の教え

スポーツ

2018年8月1日 朝刊

東大和時代の佐藤道輔さん

 今夏、甲子園にあと一歩まで迫った東京都立小山台の躍進に、天国の佐藤道輔(みちすけ)さん(2009年に71歳で死去)は大きな拍手を送ったに違いない。78、85年に監督として東大和を夏の西東京大会決勝に導き、「都立の星」と旋風を巻き起こした。高校野球、特に公立高の指導者たちに大きな影響を与えた人だ。

 「勉強との両立、高校生としての多彩な生活行動との両立−それは両立するかしないかの問題ではなく、いかに両立させていくかの問題だ」。弱小だった都立高野球部での奮闘と部員の成長の日々を記録した佐藤さんの著書「甲子園の心を求めて」には、こんな一節がある。

 小山台は学業にも力を入れ、スポーツ推薦制度を採用せず「来た子を育てる」のがモットー。練習時間は限られ、グラウンドも他競技と共用する。制約の中、生徒の成長を促し、勝利を目指すのは決してたやすくはなかったはずだ。

 それでも福嶋正信監督は「1に生活、2に学業、3に野球で甲子園」ときっぱり。「文武両道」が口で言うほど楽ではないことは現役の高校生はもちろん、かつて高校生だった多くの大人は分かっている。でもそんなチームが東東京大会で帝京、安田学園など強豪私学を破る快進撃を見せた。

 決勝で二松学舎大付に敗れた福嶋監督は言った。「与えられた環境で甲子園を目指す。学校の中に甲子園があって、毎日を精いっぱいやった結果、向こうから近づいてくる」。佐藤さんの本にはこんな言葉もある。「学校のグランドと教室に本当の意味の“甲子園”がある」。佐藤さんは世を去ったが、今も「甲子園の心」は確かに生きていた。 (唐沢裕亮)

 

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