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御嶽海 本紙に手記 「終盤失速」もう言わせない

スポーツ

2018年7月24日 朝刊

 大相撲名古屋場所(中日新聞社=東京新聞=共催)を制した関脇御嶽海が23日、本紙に手記を寄せた。

 死者58人、行方不明者5人を出した2014年の御嶽山噴火の翌年、出羽海部屋に入門した。地元長野県上松町が御嶽山に近いことから、師匠の出羽海親方(元幕内小城ノ花)が決めてくれたしこ名「御嶽海」。今回優勝したことで地元が盛り上がっているならこんなにうれしいことはない。

 優勝を決めた14日目、花道で付け人と抱き合って、優勝したんだなって思って歩いていたら(東洋大の)監督とコーチがいて。自分には何も言わずに会場に来ていると思っていたら、出羽海部屋付きの中立親方(元小結小城錦)に会って。やっぱり3連発はダメ。その後のインタビューで何も話せなくなった。「優勝しても泣かないよ」と言っていたのに泣いちゃった。

 場所中は本当に体が動いているなと思った。自分は場所前は当てにしていないし、今までも場所前は調子が良くて7連勝までいったけど、結局そこから失速することがあった。結局は本場所にどれだけ合わせてやれるか。すべては初日か2日目で決まる。

 勝って得るものがあるといつも言っているけれど、今場所はめちゃくちゃ得るものが多かった。勝って得るものしかない。今回、大きいと思うものは、終盤に失速しなくなったという自信。後半になってもあそこまで体が動けるというのは良い。

 だから「終盤に失速する」とはもう言わせない。稽古量が足りないと言われることも少なくなると思う。あの稽古量で優勝できた。自分の稽古でできちゃった。自分は間違っていないと思う。

 人それぞれの稽古の積み上げ方があり、そこにうちの親方衆が一手間、二手間を加えてくれた。ある程度自由にやらせてもらって、親方衆も言うところは言う。この部屋が自分に合っていた。合っていると思ったからこの部屋に入った。

 夏だから食べる量を減らしたら絶対に体重が落ちると思って意識して食べていた。胃袋が小さくなったら体力も続かないだろうと思って。自分で久々に調子が良いと思わなかった。調子が良いと思うとどこかにそこに甘えが出てくる。終盤でもそう思わなかった。自然体だった。

 来場所も今場所通り、いつも通りやって、横綱・大関陣にしっかり勝てるように、もの言いをつけられないように押し出すだけ。それにはスタミナがもう少し欲しい。それは絶対に徐々についてくるので、焦らず我慢しながらやりたい。

 力士人生を、格好良く終わりたいと思う。29歳、30歳がピーク。「まだいけるんじゃないの」と思われるところで、終わりたい。まだ25歳だから浅はかな考えかもしれないけれど、人生やっぱり格好良くけじめをつけてやっていかないといけないから。それを皆さんには楽しみに待っていてほしい。

 

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