XMenu

幕末将軍家の銀印発見 経文緯武 修好通商条約で使用

社会

2018年8月20日 夕刊

銀印「経文緯武」=徳川記念財団提供

 江戸末期、徳川将軍家が外交文書に押印した銀印「経文緯武(けいぶんいぶ)」が見つかったと、徳川記念財団(徳川恒孝(つねなり)理事長)が二十日付で発表した。徳川十四代目将軍家茂と十五代目将軍慶喜が、日米修好通商条約の批准書などで対外的に「国家元首」として意思表示したことを示す貴重な資料だ。

 銀印は昨年、徳川宗家の蔵を調査する過程で見つかった。徳川家の家紋「三つ葉葵(あおい)」のある黒塗りの箱に収められていた。縦、横ともに九・二センチ、高さは七・八センチで、重さは二・七キロ。幕府側から命じられた篆刻(てんこく)家の益田香遠(こうえん)らが制作した。「経文緯武」の言葉によって、文武両面の力を示そうとしたと考えられるという。一八五四年に日米和親条約を締結した幕府が、諸外国と交渉が本格化すると予想し、外交用としてこの銀印を作った。

日米修好通商条約批准書の署名部分(米国立公文書館所蔵)

 日米修好通商条約の批准書には「経文緯武」の朱色の印影に加えて「源家茂」(徳川家茂)の署名が残されている。他に日英、日仏の修好通商条約批准書や、文久遣欧使節の信任状などにも使われた。

 調査に当たった東京大史料編纂(へんさん)所の保谷徹所長は「国と国の付き合いの根幹となる資料が、時代の大きな変化をくぐり抜けて見つかった。実際に押された文書を調べるきっかけになる」としている。

 銀印「経文緯武」は九月十五日から新潟県長岡市の同県立歴史博物館で開かれる展示会「徳川の栄華」で公開される。

 

この記事を印刷する