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シチズン、ビクター… 戦時下、消された社名

社会

2018年8月13日 夕刊

戦時中に制作されたレコードの原盤。ラベルには「富士音盤」などと書かれている=東京都渋谷区の古賀政男音楽博物館で

 太平洋戦争で対米英感情が悪化すると、英語を「敵性語」として排斥する運動が国主導で本格化し、多くの企業が社名変更を余儀なくされた。とりわけ洋楽の普及とともに発展したレコード業界は、ジャズやハワイアンのレコード演奏や所有自体が禁止され、大きな打撃を受けた。

 戦争真っただ中の一九四二年、今もレーベル名が残る「コロムビア・レコード」は当時の社名の日蓄工業から「ニッチク・レコード」に、「ポリドール・レコード」は「大東亜レコード」にそれぞれ改称した。四三年には「キングレコード」が「富士音盤」となり、「日本ビクター」(現JVCケンウッド)は社名を「日本音響」に変えた。

 改称の経緯などについて各社の広報担当者は「当時を知る社員はもうおらず、詳しいことは分からない」と口をそろえる。一部のレーベル名に「レコード」の表記が許された理由も不明だ。

 他業種では、市民に親しまれるようにと名付けられた「シチズン時計」は、「大日本時計」に改称。「ブルドック食品」(現ブルドックソース)は創業者のゆかりから「三澤工業」に、「大同メタル工業」は製品名を和訳して「大同軸受工業」となった。

 多くの企業は戦後間もなく、元の社名に戻した。一方で、ヨーロッパを意味する「欧」の字が敵国を表すとして改称した「旺文社」は、今も使い続けている。

 「戦局の悪化とともに敵性語の排斥は身近な国民生活に広く及び、演奏に対する規制も顕著になった」。洋楽史研究家の戸ノ下達也さん(54)は指摘する。四三年一月、政府がジャズやハワイアンなど約一千曲のレコード演奏を禁じ、所有者は供出させられた。内閣情報局が同年二月に発行した週刊グラフ雑誌「写真週報」には、アメリカンジャズのレコードをたたき割るイラストが掲載されている。

 戦後、複数のレコード会社で勤務した音楽文化研究家の長田暁二さん(88)は「平和な時代だからこそ、自分の好みの音楽を聴くことができる。国家が音楽に『敵性』のレッテルを貼り、自由を奪った時代があったことを忘れないでほしい」と訴える。

 

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