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<家族のこと話そう>母の子育てを手本に 女優・森尾由美さん

暮らし

2018年9月2日

 夫がずっと米国に住んでいることもあって、実家の両親には世話になりっぱなしです。娘が生まれてから実家近くに引っ越したので、上の娘は両親が育てたといってもいいくらい。あいさつの仕方とか、いろんなことを教えてくれました。

 下の娘が小学校に上がるタイミングで、米国に引っ越して十年近く住みました。日本とは子育てが全く違います。むこうでは、父親が子どもの学校の発表会で会社を休むし、PTA活動をする父親もたくさんいます。妻に育児を任せきりにするのではなく、一緒にやっている感じです。夫も発表会を見にきましたし、卒業式には花を買って持ってきてくれた。そういうときは、娘たちもうれしかったと思います。

 日本でドラマの撮影があると、母が三カ月間くらい来て娘たちの面倒をみてくれました。車の免許を取って、学校や習い事の送り迎えをしたり。当時、母は六十歳くらい。私がその年齢になったとき、行ったことがない国で孫の世話をするなんて、絶対にできないと思います。本当にすごいです。

 振り返ると、私は母親として、自分の母にはかないません。娘が転びそうになっていたら、私は転ぶ前に「危ない」と言ってしまう。心配で口が先に出てしまう。でも、母は考える時間を与えて、私が行動するまで待ってくれました。芸能界に入るときも、中学三年のときにスカウトされたのがきっかけでしたが、母は「あなたはどうしたいの?」と、私に決めさせてくれました。

 子どもに自分で決めさせることの大切さに気付いてからは、下の子のことはあまり口を出さないようにしたつもりです。なので、上の子には「妹に甘い」とよく言われています。

 娘は二十五歳と、もうすぐ二十歳。上の子は社会人で、仕事の相談をしてくることがあります。昔だったら、「あなたならできるから、もっと頑張りなさい」と活を入れていたと思います。でも、最近やっと、既にたくさん頑張ってきているんだと、認めることができるようになってきました。

 私はこれまで、特に上の娘に対しては叱咤(しった)激励しても、褒めることはできていませんでした。娘もそう感じていたみたいです。でも、それじゃいけない。結果ではなく、「あなたの頑張りを理解しているよ」と、伝えることが大切だと思うんです。母と娘というよりも、二人の大人として。

  聞き手・河野紀子/写真・高嶋ちぐさ

<もりお・ゆみ> 1966年生まれ、埼玉県草加市出身。テレビドラマや映画、バラエティー番組などで活躍する。デビュー35周年を記念して11月、松本明子さんら同期7人によるイベント「83年組アイドル〜不作と言われた私たち『お神セブンと申します』」に出演予定。

 

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