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<城ヶ島だより>(1)白秋愛し 多くの歌に 傷心癒やした地

神奈川

2018年8月4日

碑の前で「白秋は城ケ島の自然を特に愛していた」と語る山口さん=三浦市で

 海水浴客が遊ぶ城ケ島の浜辺に、高さ三メートル余りの石碑がそびえ立つ。「雨はふるふる 城ケ島の磯に…」。刻まれているのは詩人、北原白秋の「城ケ島の雨」の歌詞。一九一三年五月から約九カ月、三崎町(現三浦市)に滞在した間に書き上げた。

 誰もが口ずさめる童謡を数多く残した白秋が「生涯の重要な転機」と位置付ける三崎時代。人妻との恋愛を巡って糾弾され、自殺も考えて渡ったこの地の自然と、漁をしてのどかに暮らす人々との触れ合いが傷心を癒やしたという。

 中でも、この時代の歌集「雲母(きらら)集」に多く地名が出てくる城ケ島は特別な存在だった。「当初、島の対岸に住み、小船で何度も訪れていたようだ」。碑が建てられた四九年七月十日に合わせて毎年、碑前祭を開く「三崎白秋会」事務局長の山口勝さん(87)は語る。大きな花を咲かす白ユリ、崖の上の灯台、岩から海に突き出す黒松…。「東から西までくまなく歩き回っていたのが、歌から伝わってくる」

 白秋が愛し、全国にその名が広まった城ケ島。百年以上の時を経て、島は半島と橋で結ばれ、車で行き来できるようになった。白秋が対岸の家から眺めていた島の北側は埋め立てられて倉庫などが並び、家があった場所は公園になった。

 一方、戦時中に軍の要塞(ようさい)として使われ、戦後は県立公園になって保たれた豊かな緑、南側の荒々しい岩礁、灯台などは健在だ。山口さんは願う。「どれも島にとって貴重な財産。どれだけ時が流れようと、白秋が愛した光景は残っていってほしい」

 ◇ 

 三浦半島最南端に位置する周囲四キロの離島、城ケ島。豊かな緑や荘厳な海沿いの眺めは白秋ら文人に愛され、五年前には魅力的な観光地を紹介する「ミシュラングリーンガイド・ジャポン」の二つ星を獲得した。県指定天然記念物ウミウの越冬地としても知られる景勝地の今を、歴史と共に紹介する。 (福田真悟が担当し、随時掲載します)

<北原白秋> 1885〜1942年、福岡県出身。早稲田大入学後、詩作に取り組む。「邪宗門」「桐の花」といった詩歌集が高い評価を受け、「雨ふり」「ペチカ」などの童謡の作詞でも知られる。功績をしのぶ歌碑は全国各地に残る。

 

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