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厚木基地訴訟の原告団長・真屋求さん功績たたえる 大和でしのぶ会

神奈川

2018年7月16日

真屋さんをしのび献杯する関係者=大和市で

 第三次厚木基地騒音訴訟の原告団長を務め、昨年四月に急性肺炎のため九十歳で亡くなった真屋求(まやもとむ)さんをしのぶ会が十五日、大和市であった。約五十人が出席し、身を賭して深刻な騒音被害の解消を求めて活動した故人の功績をたたえた。

 基地滑走路の北約一・五キロの場所に住んでいた真屋さんは一九六一年十月、遮断機のない踏切の事故で六歳の長男を失った。

 「米軍機の爆音で電車に気づくのが遅れた」と知り、闘志に火が付いた。抗議活動の先頭に立ち、三次訴訟の横浜地裁判決(二〇〇二年十月)では、基地騒音訴訟として過去最高(当時)の賠償額を勝ち取った。

 厚木基地爆音防止期成同盟の石郷岡忠男委員長(74)は「一貫して爆音に挑んだ人。しっかり気持ちを引き継いでいきたい」とあいさつした。 (井上靖史)

 

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