XMenu

桂歌丸さん死去 横浜の地元商店街で惜しむ声相次ぐ

神奈川

2018年7月3日

「歌丸さんはいつもこの席に座っていた」と振り返る湯川さん=横浜市南区で

 落語家の桂歌丸さん(81)が亡くなった二日、自宅がある横浜市南区真金町近くの横浜橋通商店街では、行きつけだった店の店主らが悲嘆に暮れた。真金町で生まれ育った歌丸さんは地元を愛し、同商店街協同組合の名誉顧問も務めていた。「気さくで優しい人だった」と死を惜しむ声が相次いだ。 (加藤豊大、梅野光春)

 「義理人情に厚い人だった」。同組合の高橋一成(かずしげ)理事長(67)は振り返る。歌丸さんは高橋さんが経営する薬局の常連で、客らの前で落語を披露してくれたこともあった。「二度と生で聞けないと思うと寂しい」と肩を落とす。三日、商店街に追悼の横断幕を掲げ、献花台を設置する。

 歌丸さんが六十六年にわたって通った「理容ユカワ」店主の湯川豊さん(57)は「亡くなった実感が湧かない。散髪中も冗談を言っていた」と目を潤ませた。

 元気な時は二カ月に三回のペースで訪れ、入り口に一番近い席に座った。最後は今年四月、車いすで来店した。湯川さんは「散髪の時は、肺気腫のため酸素を吸入していたチューブを外さないといけない。『苦しい』と言うこともあったが元気だった」と話した。

 同商店街八十周年を記念し、二〇一一年に近くの大通り公園に植えた桜は「歌丸桜」と呼ばれている。歌丸さんが四十年通ったそば店「安楽」店主の石塚安太郎さん(76)は「もう会えないのはつらいが、歌丸桜を見て、いつまでも思い出したい」と語る。

 歌丸さんは、石塚さんが出前で自宅に行くと「よう!」と手を挙げて迎えてくれたという。「本当は『師匠』と呼ばないといけないが、親しみを込めて『歌さん』と呼んでいた。歌丸さんのおかげで、この商店街をよりいっそう誇りに思えた」と強調した。

 

この記事を印刷する