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<元気人@かながわ>「脱閉鎖」へ運営関与 関東学院大で大学スポーツ改革目指す 小山厳也副学長(50歳)

神奈川

2018年7月2日

 企業の不祥事を研究してきた経験を生かし、運動部の透明化を進めている。学内三十二クラブのうち強化指定のラグビー、硬式野球、陸上の監督人事は本年度から、学長と学部長らでつくる会議の承認制に変更。会計も大学が管理するようにした。これまでは共に各部が独自に行っていた。

 父は大学で農学を研究。自宅を訪れる教え子に熱心に指導する姿に憧れ、研究者の道を選んだ。当初は企業の社会貢献活動を専門にしていたが二〇〇〇年、雪印乳業(当時)の集団食中毒事件が発生し、一万三千人に被害が出た。

 取材から逃げ回る社長の姿も報道され、やり方次第で事態が悪化することが浮き彫りになった。「どんな対応だったら良かったのか。問題や事件が発生する背景も知りたかった」と研究テーマを増やした。

■不祥事の説明役

 自身の周辺でも〇七年十一月、ラグビー部員が寮で大麻を栽培、吸引していた事件が発覚。翌月には自ら副部長を務める野球部の一年生が、練習中に打球を頭に受けて死亡した。

 不測の事態への対応経験がある職員がおらず、当時の学長に請われて報道機関や遺族への説明に当たった。

 「ラグビー部には大学が把握していない寮もあった。ブラックボックスだった」。運動部の自主性を尊重するあまり、大学が口出しできない雰囲気があった。

 一〇年に大学幹部でつくる「スポーツ振興委員会」を発足させて八年かけて各部を説得し、運営に大学が関与できるようにした。「最終的な責任は大学にある。『知りませんでした』では済まされない」

 五月の日本大アメリカンフットボール部の悪質タックル問題は「起こるべくして起きた。運動部の組織は閉鎖的になりがち。多くの大学が長年抱えていた問題が今回、選手のプレーに現れた」とみる。

■共通授業 創設へ

 関東学院大にとっても運動部の在り方を再考する契機になった。「組織論や会計論、戦略論など運動部の活動と教育をつなげることはできる」と語る。二〇年度をめどに、大学スポーツをテーマに心理学や法学、経営学などを教える全学部共通の授業を創設する。

 学内での役割が増えるにつれ、研究する時間は少なくなっている。それでも年に一本は論文を書く。「研究をサボると、副学長としての指示に他の教授たちが従ってくれないから」と笑った。 (志村彰太)

◆私の履歴書

1967年 東京都生まれ。4歳で横浜市に転居

 91年 横浜国立大経営学部卒業

 96年 一橋大大学院商学研究科博士後期課程を単位取得退学

 同年 山梨学院大専任講師

2001年 関東学院大経済学部助教授

 10年 同部教授。運動部を管轄する学生生活部長に就任(〜現在)

 14年 副学長(同)

 18年 スポーツセンター長を兼任

 

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