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横浜大空襲から73年 平和祈念碑前 89歳男性、児童らに語る

神奈川

2018年5月30日

平和祈念碑の前で岡野さん(右)の話を聞く児童=中区で

 約八千人が犠牲になったとされる横浜大空襲から七十三年を迎えた二十九日、南吉田小学校(横浜市南区)の三年生百二十三人が平和祈念碑(中区)の前で空襲体験者の話を聞き、戦争の恐ろしさと平和の尊さを学んだ。

 祈念碑は犠牲者の遺族らでつくる「横浜戦災遺族会」が一九九二年に設置。碑内部には、犠牲者約千人の名前を刻んだプレートがある。毎年五月二十九日に内部を公開し、今年も遺族らが追悼に訪れた。

 話をしたのは、空襲当時十六歳だった岡野利男さん(89)=中区。「戦時中は勉強せずに働けと言われ、食べ物は自分で探さないといけなかった」と語り始めた。

 学徒動員で配属された西区の造船所で空襲に遭遇。小高い丘にある伊勢山皇大神宮(同区)まで走って逃げ、黒い煙で覆われた薄暗い街を見下ろすと「完全に燃え尽きていて、地獄のような景色だった」。父の遺体が見つからないままだったことにも触れ、「悪いことを何もしていないのに殺されてしまうのが戦争。絶対に繰り返してはいけない」と訴えた。

 児童は碑内部も見学し、渡邊海来(かいら)君(8つ)は「爆弾がいっぱい落とされて逃げられなかった人はかわいそう。詳しいことをもっと学びたい」と話した。 (鈴木弘人)

 

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