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「初心に戻って」吉右衛門意欲 九月歌舞伎座「秀山祭」

伝統芸能

2018年8月17日

 歌舞伎の名優として名をはせた初代中村吉右衛門(一八八六〜一九五四年)ゆかりの「秀山祭九月大歌舞伎」が九月二〜二十六日、東京・歌舞伎座で上演される。今年で十一回目となるが、当代(二代目)吉右衛門(74)は「初心に戻って一からやらせていただく。二十回、三十回と続けていけたら」と意欲を見せる。 (山岸利行)

 当代吉右衛門は母方の祖父である初代の養子となり、一九六六年に二代目を襲名した。初代の娘婿に当たる八代目松本幸四郎(初代白鸚)が実父。初代、実父から芸を受け継いできた。

 今回は昼の部(午前十一時開演)で「天衣紛上野初花(くもにまごううえののはつはな) 河内山(こうちやま)」の河内山宗俊、夜の部(午後四時半開演)で「平家女護島(へいけにょごのしま) 俊寛(しゅんかん)」の俊寛僧都を演じる。いずれも初代と当代の当たり役だ。

 秀山祭では三回目となる「河内山」は、幕末期から明治にかけ名作を多数手掛けた河竹黙阿弥(一八一六〜九三年)の代表作。台詞(せりふ)回しと洒脱(しゃだつ)味などにおいて、初代が白眉とされる。「どなたにでも喜んでいただける芝居。(悪を懲らしめるため)宗俊が僧に化けている面白さを(初代の域に)少しでも近づけたら」

 また「俊寛」は、孤島に流罪となった俊寛の孤独と悲哀を描く。「(屋号である)播磨屋のすべての魂がこもっている」と語る。

 秀山祭には格別の思いを込める。初代の「破蓮(やれはす)の動くを見てもせりふかな」(意味・池の枯れた蓮が動くのを眺めていても、芝居のことを忘れずにいる)という句や、「毎日を(舞台の)初日と思いなさい」という教えを引き合いに出し、役者として芝居に集中していた初代への思いを新たにし、自らもそうありたいと願う。

 今年は初舞台から七十年の節目。「七十年も恥をさらしてやってきた」と苦笑しながらも「実父、初代の年齢を超え、こんなに長くやってこられるとは思っていなかった」と振り返る。そして「一歩一歩(初代の芸への)階段を上れているのかな。八十歳で(『勧進帳』の)弁慶を務めるのが目標です」と話す。

 ほかに昼の部は「金閣寺」(中村梅玉ら)、「鬼揃紅葉狩(おにぞろいもみじがり)」(松本幸四郎ら)。夜の部は「松寿操(まつのことぶきあやつ)り三番叟(さんばそう)」(幸四郎ら)、新作歌舞伎舞踊「幽玄」(坂東玉三郎ら)。

 病気療養していた中村福助が「金閣寺」の慶寿院尼役で約五年ぶりに舞台復帰することに「まことの慶事」と歓迎する。

 チケットホン松竹=(電)0570・000・489。   

<秀山祭(しゅうざんさい)> 初代中村吉右衛門の功績を顕彰し、その芸を継承し、初代の生誕120年に当たる2006年に始まった興行。初代は江戸時代より前の時代を題材にした時代物や、江戸期の事件や風俗などを基にした世話物を中心に今も上演される多くの演目の型を作り上げた。今年で11回目。「秀山」は俳人としても知られた初代の俳号。

 

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