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「劇団四季」創設65周年 演劇に革命ロングラン キャッツの奇跡

放送芸能

2018年7月15日 朝刊

「キャッツ」より=撮影・堀勝志古

 65年前のきのう、7月14日。今や日本で最も有名な劇団となった劇団四季が誕生した。劇団の礎を築いたのは、1983年初演の「キャッツ」と言って過言ではないだろう。当時は長くても1カ月の公演がせいぜいだった演劇界で、初の約1年のロングランに成功。オンラインのチケット販売や大規模な宣伝広告を仕掛けるなど、従来の演劇界に革命を起こした。今もなお、みんなに愛される猫たちが来月、東京に帰ってくる。 (猪飼なつみ)

 劇団四季は五三年七月十四日、前社長で演出家の浅利慶太さん(85)ら慶応大と東京大の学生ら十人で結成された。演劇界に革命を起こすという志を掲げ、フランス革命記念日に創設。七三年初演の「ジーザス・クライスト=スーパースター」、七九年「コーラスライン」など、着々とミュージカルで実績を積み上げていった。

 そして一大転機となったのが「キャッツ」だった。

 当時の演劇は既存の劇場を借りて上演するのが常識。一つの劇団が公演できるのは長くても一カ月程度で、演目も劇場の規模や設備に合わせるしかなかった。しかし、ロンドンでキャッツの公演に魅了された浅利さんらは勝負に出る。キャッツの大規模な世界観を出してロングラン興行とするため、仮設の専用劇場を建てることを決意する。

 吉田智誉樹(ちよき)社長(54)は「もしキャッツが失敗したら、会社は解散というばくちだった。でも、それくらい作品に力があったし、ロンドンでロングランの演劇が当たり前なら、東京でできないはずがないと思ったようだ」と語る。キャッツの舞台は都会のごみ捨て場。仮設テントの劇場で街の騒音が入ってきても「効果音のような雰囲気づくりになる」と考えたという。

 さらに、現在は当たり前になったコンピューターによるチケット販売を日本で初めて導入。テレビ局や大手企業とタイアップし、大量の広告も流した。

 社運を懸けた東京公演は大ヒット。さらに、大阪、名古屋、福岡、札幌などでも仮設の劇場を造って上演した。これは後に全国各地に四季専用の劇場を建設する足掛かりとなった。

 キャッツは今年五月末までに九千八百二回上演、九百六十九万人を動員した。「お客さまのリピート率が最も高い。明日も頑張ろうという気持ちにさせ、それぞれの人生を後押ししてくれる」と吉田社長は話す。「さまざまな猫たちに自分自身を重ね、見るたびに印象が変わり、掘っても掘ってもくみきれない井戸のような魅力がある」

 八月公演からは新たなナンバーが加わり、振り付けなども一部変更される。その曲を歌うマンカストラップ役の加藤迪(すすむ)さんは「大変ですけど、音楽を通して個々の猫の解釈は深まっている」と意気込んでいる。

 劇団創設以来、作品の基準を「人生を生きる喜び」に置き「ライオンキング」など海外ミュージカルを輸入し成功を重ねてきた。吉田社長は「今後はわれわれがライセンスを持つオリジナル作品の開発に力を入れ、海外に輸出したい」と語った。

 首都圏で六年ぶりとなる「キャッツ」公演は東京・大井町で八月十一日に開幕する。

◆あらすじ

 年に一度、一匹の「ジェリクルキャッツ」を選ぶ舞踏会に参加するため、ごみ捨て場に猫たちが集まる。ジェリクルキャッツとは、人間に飼いならされることを拒み、逆境に負けず、人生を謳歌(おうか)する個性や行動力を持つ猫のこと。選ばれると天上に上り、新しい人生を生きられる。選ばれるのは…。

 

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