XMenu

彼は死んでませんよ ちばてつやさんが語る あしたのジョー50年

放送芸能

2018年3月18日 朝刊

「手塚治虫さんや赤塚不二夫さん…、あのころの作品はぜひ読んでほしい」と話すちばさん=東京都練馬区で

 ボクシングに青春をかける若者の壮絶な闘いを描いた伝説的な漫画「あしたのジョー」の連載開始から五十年がたった。少年漫画にもかかわらず、大学生や大人にも熱狂的に読まれ、ラストシーンの解釈をめぐっては今でも論争が続く。四月からは五十周年を記念した新作アニメの放送が始まる。漫画家ちばてつやさん(79)と半世紀を振り返る。 (池田知之)

 「ジョー」は週刊少年マガジン(講談社)一九六八年一月一日号で始まった。スポ根漫画の名作「巨人の星」で知られる梶原一騎さん(三六〜八七年)が本名をもじった「高森朝雄」のペンネームで原作を書き、二人のコンビで連載は七三年五月十三日号まで続いた。

 「人気の理由はよく分からないんです。日本が敗戦から立ち直って、当時二十歳前後の団塊の世代が元気になっていく。何かに挑戦するっていう時代が背景にあったのか。無意識のうちに時代に合ったものを描いていたのかもしれません」

 六七年春、学園漫画「ハリスの旋風(かぜ)」を少年マガジンに連載していたちばさんは、ボクシングジムを取材し「(ハリスの)エピソードの一つで終わらせるのはもったいない」と、次回作の題材をボクシングにすることを決める。その夏、同誌の編集者から突然「梶原さんの原作でボクシング漫画を描いてほしい」と依頼されたという。

 ちばさんは当初断ったというが、編集部の熱心な説得もあり最後は折れる。「自分一人では考えつかないアイデアが出るかもしれない。(梶原さんと)タイミングが合ったんでしょう」と振り返る。

 ちばさんより二学年上の梶原さんは少年時代、けんかを繰り返し、更生施設に入所したこともあるこわもてだ。だが、ちばさんは「一見怖そうだけど、ガキ大将がそのまま大人になったような人で、私には親切だった。原作を使わないで私のペースで描いたら、ちょっとこじれて、編集の人が危ないことがありましたけどね」と苦笑する。そのうち二人の息が合いはじめ「いいキャッチボールができた」という。

 もともと明るくのびのびした子どもを描くのが得意なちばさん。一方の梶原さんは裏社会を知り尽くし、骨太の男を表現するのに定評があった。「原作はどんどんシリアスになっていき、それに合わせて私の絵もリアルになっていった」と振り返る。十五歳で初登場したジョーはまだあどけなさが残る顔をしているが、力石徹(りきいしとおる)らライバルたちとの戦いを経て、徐々に精悍(せいかん)な青年に成長していく。

 激闘の末、世界戦で判定負けしたジョーが丸いすに腰掛け、真っ白になって眠るように笑みを浮かべるラストシーンは、漫画史に残る名場面として知られるが、二人の関係を知る上でも興味深い。原作では、ヒロイン白木葉子の邸宅でぼんやりと日光浴しているジョーを、葉子が眺めているという結末だったが、ちばさんは「何かが違う」と納得できなかった。

 都内のホテルに缶詰め中の梶原さんに電話すると「今まで勝手にどんどん変えて描いてきただろ。任せる!」と一方的に切られた。

 締め切りが迫り、悩むちばさんに、作品を読み直していた担当編集者がヒントを見つける。連載の中盤、なぜ過酷なボクシングを続けるのかを問われたジョーが戦っている瞬間にこそ充実感があると明かす場面だった。「燃えかすなんかのこりやしない… まっ白な灰だけだ」(原文ママ)

 もともと梶原さんの原作にない、ちばさん自身が考えたせりふだった。「それで最後の場面がふっと浮かんだ。最終話の伏線として描いたのではないけど、いい伏線になっていた。ものかきには時々あるんです。自分で描いているんだけど、後ろから誰かに描かされているようなね」

 連載を終えて、しばらくたったころ、あるパーティーで梶原さんに会うと「いいラストにしてくれた」と喜んだという。「あれでホッとしました。あのラストしかないですよ」

 そもそもジョーは死んだのか。今でもファンの議論になるが、ちばさんはこう答える。「いえ、死んでいませんよ。彼が持っている力をすべて出し切って、真っ赤に燃えて白い灰になるというイメージ。ただただ燃え尽きた、ということなんです」

いろは会商店街の入り口に立つジョーの像=東京都台東区で

◆モデルの「山谷」労働者が集う街

 ジョーこと矢吹丈がトレーニングを積んだ「丹下拳闘クラブ」は、東京・下町を流れる川にかかる泪(なみだ)橋の下にあった。そこは今、どうなっているのか。

 天涯孤独のジョーがたどり着いた下町のモデルとなったのは、一九六六年まで台東区に地名が残っていた山谷(さんや)地区。もともと日光街道の宿場町で江戸時代には安宿が並び、戦後は日雇い労働者の利用する低料金の簡易宿泊所が集まった。

 泪橋は台東区と荒川区の区界となる思川(おもいがわ)にかかっていたが、二三年の関東大震災の復興事業で思川は暗渠(あんきょ)となり、その上に明治通りが造られた。ジョーが生きた戦後は川も橋もなかったことになる。現在は明治通りと吉野通りの交差点に、その名を残すばかりだ。

 山谷に近い「いろは会商店街」(台東区日本堤)の入り口には高さ一九〇センチのジョーの像が立つ。二〇一二年にゆかりの街であることをアピールし商店街の活性化を狙って設置された。

 それに先立つ一〇年には「あしたのジョーのふるさと祭り」を初開催。一一年公開の実写映画「あしたのジョー」に便乗する狙いだったが、一六年を最後に休止した。不景気に加え、高齢化による後継者不足で、全長三百七十メートルの商店街はシャッターが目立つ。三十年前に百二十あった店舗は今や三十店ほどだ。

 ただ浅草や東京スカイツリーに近い山谷地区は今、安い宿泊所を利用する外国人旅行者に注目されつつある。同商店街振興組合副理事長の堀田治彦さん(54)は「ジョーは外国人にも知られた作品。ジョーからチャンスをもらいたい。真っ白な灰になるまで頑張りたい」と意気込む。

力石徹の告別式を報じる1970年3月25日付の東京中日スポーツ

◆アウトローへの憧れ今も 現実社会に大きな影響

 「ジョー」は漫画の世界を飛び出し、現実社会にも大きな影響を与えた。

 少年マガジン一九七〇年二月十五日号で、ライバル力石徹がジョーとの試合直後に死亡すると、編集部に読者から弔電や香典が殺到。三月二十四日には文京区音羽の講談社で告別式が営まれた。僧侶の読経の中、ちばさんや梶原さん、約七百人のファンが参列し力石の死を悼んだ。

 四月から始まるテレビアニメ「あしたのジョー」のPRも兼ねた式だったが、翌日のスポーツ各紙やテレビも大きく取り上げた。

 三月三十一日には、赤軍派の九人が乗員・乗客百二十九人を人質にした日航機「よど号」事件が発生。北朝鮮に渡ったメンバーのうち当時二十七歳だった主犯格の田宮高麿元幹部は決行前日に書いたという「出発宣言」をこう締めくくっていた。「そして最後に確認しよう。我々は“明日のジョー”である」

 今も平壌(ピョンヤン)で暮らす若林盛亮(もりあき)容疑者(71)=国外移送目的略取などの容疑で国際手配=は、本紙の電話取材に田宮元幹部はジョーのファンだったと明かし「ジョーは七転び八起き。やられてもやられても立ち上がる姿に重ね合わせた」と意図を説明する。一方、事件については「乗客の命を盾に取った闘争で間違いだった」と反省する。

 「ジョー」のコミック全巻は今も、メンバーらが暮らす「日本人村」の共用の図書コーナーに置かれているという。

 練馬区立美術館は二〇一四年夏、企画「あしたのジョー、の時代展」を開いた。担当した学芸員の喜多孝臣さん(39)は連載当時が高度経済成長期の真っ只中で、地方の中学や高校を卒業した若者が「金の卵」と呼ばれ、集団就職した時代だったことに注目する。「当時は体一つで上京し生きていかねばならない人が大勢いた。同じ時代に生きた読者はジョーと自分を重ね合わせ共感したのだろう」

 劇作家でマンガ評論家の高取英(えい)さん(66)は、ジョーの魅力がアウトロー(無頼漢)なところにあると指摘する。「ほとんどの人は会社や学校といった秩序の中で生きており、そこを飛び出すジョーに憧れるのだろう。それは今も昔も変わらない」

◆ジョー原案新作アニメ 来月から「メガロボクス」

 「ジョー」を原案に、舞台を近未来に移した新作アニメ「メガロボクス」が4月5日深夜(6日午前1時28分)からTBSでスタートする。ちばさんも「矢吹丈よりかっこいい」と太鼓判を押す。

 メガロボクスとは、特殊な装置(ギア)を装着した「メガロボクサー」が激しく打ち合う究極の格闘技。主人公ジャンクドッグは勝ちを許されない八百長ばかりの試合にいら立ちながら生きていたが、王者の勇利との出会いをきっかけに、男としてボクサーとして目覚めていく。

 森山洋監督(39)は「『ジョー』は街で生きる人たちの営みをリアルに描いていた。今回は道からそれてしまったはぐれ者たちのドラマを泥くさく描きたい」と力を込める。

 BS−TBSでも毎週土曜深夜に放送する。

◆「ジョー」連載時の主な出来事

 ※敬称略

 【1967年】

週刊少年マガジン68年1月1日号で「ジョー」連載開始(12月)

 【68年】

長崎・佐世保で米原子力空母エンタープライズ寄港阻止闘争(1月)

 【69年】

全共闘の学生らが立てこもった東大安田講堂をめぐる攻防戦(1月)連続射殺事件で永山則夫逮捕(4月)シンガー・ソングライター岡林信康が「山谷ブルース」を発表(9月)山梨・大菩薩峠で武装訓練を準備していた赤軍派53人を逮捕(11月)

 【70年】

日航機「よど号」ハイジャック事件(3月)テレビアニメ「ジョー」放送開始(4月)実写映画「ジョー」公開(7月)東京・市ケ谷の自衛隊駐屯地で三島由紀夫が割腹自殺(11月)

 【71年】

沖縄返還協定批准に反対する中核派の学生らが警官を襲撃した渋谷暴動事件(11月)

 【72年】

長野・軽井沢のあさま山荘で連合赤軍による人質立てこもり事件(2月)米国が沖縄を返還(5月)

 【73年】

世界ボクシング協会(WBA)フライ級王者の大場政夫(23)が東京都内で愛車を運転中に事故死(1月)米軍がベトナム戦争から完全撤退(3月)少年マガジン5月13日号で「ジョー」連載終了(4月)

 

この記事を印刷する