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新国劇の魂 若獅子が受け継ぐ 涙とおとこ気100年

放送芸能

2017年12月17日 朝刊

 「赤城の山も今宵(こよい)を限り」のせりふに男たちが泣いた−。大正から昭和にかけて「国定忠治」など、おとこ気(おとこぎ)あふれる剣劇で、熱狂的な人気を誇った劇団「新国劇」の結成から今年、100年を迎えた。新国劇は30年前に解散したが、志を受け継ぐ中堅メンバーたちが「劇団若獅子」を結成。「男が涙する芝居」を守り続けている。演劇史に名を刻んだ名門劇団の1世紀とは−。 (森洋三、藤浪繁雄)

<名せりふ> 今秋、東京・新橋演舞場で開かれた新国劇100年の記念公演。劇団若獅子の笠原章さん(69)が立て続けに演じたきょう客(きょうかく)「国定忠治」と、勤王の志士「月形半平太」に大歓声と拍手が起こる。忠治の「赤城の山−」、半平太の「春雨じゃ、濡(ぬ)れていこう」の名せりふのシーンでは、満席の観客がじっと聴き入った。

 新国劇の伝統を受け継ぐ笠原さんは「オールドファンが懐かしんでくれただけでなく、初めて『忠治』に触れた若いファンがツイッターで『いいね』とつぶやいてくれたことが何より」と喜ぶ。

 新国劇は「歌舞伎に対抗した新たな芝居を」という潮流の中で「沢正(さわしょう)」こと沢田正二郎(1892〜1929年)が結成。19年に発表し、沢田が  演じた「忠治」と「半 平太」は、迫真の殺陣(たて)を取り入れた格好良さ、義理、人情など男の美学を描き、主に男性の圧倒的な支持を受けた。

 しかし、沢田の急死で劇団存続の危機に陥ると、劇団は島田正吾さん(05〜2004年)と辰巳柳太郎さん(1905〜89年)の若手を抜てき。華やかで豪快に忠治や半平太を演じた「動の辰巳」と、「瞼(まぶた)の母」「一本刀土俵入(いっぽんがたなどひょういり)」などの股旅物で、巧みな人物描写に秀でた「静の島田」の二枚看板で長く隆盛を誇った。

 60年代に入ると、娯楽や価値観の多様化やテレビの普及などで人気は衰退。在籍していた緒形拳さん(37〜2008年)ら若手が退団するなど新スターも生み出せず、1987年に解散した。

<心に響く> 若獅子は当初、笠原さんら約20人で結成されたが、運営の苦労は絶えず、現在は10人弱に。苦境が続く中での記念公演には、OB俳優も助太刀した。70〜82年に在籍した伊吹吾郎さん(71)もその1人。「新国劇は男の劇団で、時代の流れについて行けなかった。若獅子もよくここまで続けているが、新国劇の演目に限らず幅を広げてほしい」と心配する。

 新国劇よりも歴史が長い「劇団新派」は、男女の情愛の機微を描き「女を泣かせる芝居」といわれる。新派をけん引する二代目水谷八重子さん(78)は「方向性は異なるが、続ける大変さはよく分かる。笠原さんは命懸けで取り組んでいる」と話す。

 男性を魅了した新国劇に未来はあるのか。少年期から鑑賞している演劇評論家の中村義裕さん(55)は「今の若い世代はカセットテープで音楽を聴く人も増えたりして、娯楽は“先祖返り”している」と分析。「新国劇のせりふは難解ではなく、男伊達(だて)や義理の世界が若者の心の奥底にドンと響く可能性はある。その熱さを1人でも多く伝えるために、1回でも多く長く公演を重ねることが大切」と話す。

<忠治永遠> 記念公演の成功に気をよくした笠原さんは「沢田先生から辰巳先生へ引き継がれた忠治は本当に素晴らしかった。私も今回やっとスタート地点についたかなという気持ち。東京五輪の年には(忠治を)ノーカットで上演したい」と意気込む。

◆若林豪思い出語る 島田先生に鍛えられ 辰巳先生にしびれた

 新国劇とはどんな劇団だったのか。一九六五年から六年間在籍し、島田正吾さんに師事した若林豪さん(78)に聞いた。

−なぜ新国劇に?

 学生時代のアルバイト先に劇団四季の人がいて、役者を勧められた。年中公演をしている劇団を調べたら新国劇があった。チャンバラがうまいなという印象があった。

−島田さんはどんな俳優でしたか?

 舞台での立ち位置やせりふを計算し尽くし、最大の効果を考えていた。「瞼の母」や「一本刀土俵入」には先生こだわりの道具があって、それを用意し忘れるとさあ大変。「すぐ帰れ」と怒鳴られる。何度クビになったことか。とにかく厳しくてね。「人生劇場」という芝居で大役に抜てきされたが「顔で笑って腹の中が煮えくり返っている」表現ができず、何度もダメ出し。一カ月公演でも「ダメ。ちゃんとやらんかい」と毎日怒られ、もう死のうと思った。でも何年かたって少しずつ分かってきた。今も私の財産です。

−辰巳さんは?

 舞台に登場すると、神がかって見える。うっとりしてしびれた。「国定忠治」では、顔を半ば隠して花道を走り去る場面があるんだけれど、多くの人が「あの顔(表情)は歌舞伎役者でもできない」と言うぐらい格好よかった。

−しかし、人気に陰りが出てしまった。

 ミュージカルの人気が出て、演劇だけでも多様化した。大劇場の一カ月公演は難しくなり、上演が減っていった時期を覚えている。新作を入れたが、時代の波に乗れなかった。

−これから再び支持される可能性は?

 今の人はリアリティーを求めてしまうからなあ…。例えば、忠治が山の中に三カ月もいるという設定で、若い人は「何であんなに(衣装が)真っ白なの?」とか、刀を抜いて立ち「赤城の山も…」という最高の見せ場でも「何であんな格好するの?」とか言い出す。若獅子も大変だろうが、頑張ってほしい。

 

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