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米寿の坂本長利 一人芝居「土佐源氏」演じ続けて50年

放送芸能

2017年11月19日 朝刊

 一人のベテラン俳優が50年間、同じ一人芝居を演じ続けている。坂本長利(ながとし)さん、88歳。独演劇「土佐源氏」は、老いた盲目の元馬喰(ばくろう)(家畜仲買人)が若き日の情事を回顧するという異色の舞台だ。依頼を受けて各地に出向く「出前芝居」を中心に、これまでの上演回数は1189回。同じ役を最も長く演じてきた俳優としてギネス世界記録にも申請中だ。役を一身に背負い続けてきた坂本さんの半生に迫った。 (藤浪繁雄)

 開演1時間前、メークを始めると穏やかだった坂本さんの表情が険しくなる。ぼろ着をまとい、元馬喰の「じいさん」が現れる。

 「あんたもよっぽど酔狂者じゃ」。9月中旬、鳥取県大山町(だいせんちょう)の寺院の宿坊に、坂本さんはいた。約70畳の大広間に集まった約80人を前に、物乞いの「じいさん」が、しわがれながらもよく通る声で独白する。若き日の明治、大正期の女性遍歴、とりわけ“身分”を超えて役人の妻や土地の実力者の妻との色事に至った顛末(てんまつ)に後ろめたさと慈しみを交え、言葉尻に「光源氏」ばりの元プレーボーイの誇りもにじませる。

 公演を企画した一人で、元公務員の杉谷愛象(あいぞう)さん(66)は「かつて公演を見て引き込まれ“追っ掛け”となった。いつか出前芝居をと考えてきたが、実現できて良かった」と喜ぶ。こうした熱いファンの存在が半世紀にわたり坂本さんを支えてきた。

 「土佐源氏」は民俗学者の宮本常一(つねいち)氏(1907〜81年)が41年、現在の高知県檮原(ゆすはら)町で物乞いの老人から聞き書きした話だ。それを一人芝居にしたのが、60年代に小劇場運動の旗手として活躍していた坂本さん。67年、東京・新宿のストリップ劇場からショーの合間に披露する前衛劇を頼まれ、20代のころに読んだ「土佐源氏」を約25分の独演劇にした。

 「客の目当てはストリップ。こりゃダメだと思った」。ところが踊り子からは大好評で、彼女たちから熱心に薦められた客にも支持され話題となった。程なく、ある会社の社長から「従業員に見せたい」と依頼され、台本を70分ほどに仕立て直して工場内で上演。これが「出前芝居」の第1号となった。寺社や民家の庭、倉庫、ビルの屋上…。どこでもやった。「こっちから出掛けていかないと見てもらえないからね」

 商業演劇やアングラ劇、テレビやラジオのドラマ、ポルノ映画など幅広い活動の傍ら「土佐源氏」を演じ続け、78年からは海外公演も敢行した。ポーランド、スウェーデン、英国など、字幕はないが、どこでも拍手が鳴りやまない。「心の奥の奥のさらに奥底を出そうと考えてきた。それを外国でも感じてもらえた」と手応えをつかんだ。

 演出家で新潟市民芸術文化会館芸術監督の笹部博司さん(69)は「『土佐源氏』はある意味、一人芝居の草分け。演劇の本質は日常では味わえない感動や興奮を表現することで、坂本さんは見事にじいさんを体現した。生涯演じるに足る役があることは幸せな人生」と話す。

 半世紀の節目に際し、マネジメント担当者は「一つの演劇の同じ役を最も長期間演じた俳優」としてギネスに申請した。6年前に胃がんを患ったが、健康という坂本さん。「同じ役をやっていても年とともに芝居が変わってくる。100歳まで演じたいね」

<さかもと・ながとし> 1929年10月14日生まれ。51年、木下順二作「夕鶴」のつう役で知られる山本安英(やすえ)さんら主宰の「ぶどうの会」に入団。65年演劇集団「変身」を結成、小劇場運動の先駆けとして活動した。71年フリーに転じ、シェークスピア、井上ひさしさんらの名作舞台に脇役として出演。テレビドラマにもたびたび出演している。

◆60年代の狂気を持っている 平岳大に聞くチョウリさん

 坂本さんと親交があり、何度も「土佐源氏」を見てきたという俳優の平岳大(ひらたけひろ)さん(43)に聞いた。

−「土佐源氏」を見てどう感じましたか。

 二〇〇二年ごろかな、初めて見て「こりゃ、わい談か?」と思った。でも何かもやもやしたのでもう一度見たら、性の問題だけでない奥深さを感じた。

−坂本さんはどんな役者か。

 僕がまだ若いころ、父(故平幹二朗さん)たちと「リア王」を上演し、僕がチョウリ(長利)さんの息子役を演じた。八カ月ほど一緒に地方を回ったが、穏やかでダメ出しとかしない人で、時に「きょうは良かった」と言ってくれる。ちゃんと見ているんですよ。舞台では緻密な人。ある時、若手が立ち位置を勝手に変えて演出を崩したら烈火のごとく怒った。そりゃあ怖かったですよ。

−そんな熱さを秘めている方だとは驚きです。

 チョウリさんは(アングラや小演劇が盛んだった)六〇年代に活躍した演劇人ならではのパワーやクレイジーな部分を持っている。だから人を引き込むのではないでしょうか。

−五十年も演じている。

 一つの作品に生涯を費やす俳優って、チョウリさんが最後になるのでは。外国のお客さんに字幕なしで伝わったと聞いたが、人の懐に入る表情、あざとさはすごい。「土佐源氏」は枯れきったおじいさんの話ではないですよ。これからもっといい感じに、ヨボヨボなのに深化していく土佐源氏を見たいですね。

◆チェック!

 「土佐源氏」は来年2月1日午後7時、東京都杉並区の「座・高円寺2」で上演。問い合わせは響和堂=(電)080・4200・0808=へ。12月23日午後11時から坂本さんに密着したNHK・Eテレ「ETV特集」が放送予定。

 

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