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<学校と新聞>熊本地震から1年 震災写真 直視できぬ生徒に心の傷

NIE

2017年4月18日

熊本県内の中学校図書館が所蔵している熊本地震の新聞縮刷版やグラフ誌

 熊本地震を経験、心に大きな傷を負いながらも震災直後はボランティア、中学校再開後は復興の道筋も見えない中で「できるしこ」(熊本弁「できるだけ」)の体育祭をリードした三年生が先月、卒業しました。答辞、謝辞などすべてに震災のことが含まれ、切っても切れない卒業式となりました。

 命を落としたり家族をなくした生徒はいませんでしたが、自宅が損壊し仮設住宅などで暮らす生徒はいました。避難生活中でも生徒たちはボランティアに汗を流しました。不確実な情報が飛び交っても動じることもなく、事実と向き合い黙々と汗を流すその姿は、不安の中で暮らす人々を温かい気持ちにさせました。

 震災から一年がたち、生徒たちの心の傷も徐々に癒えてきたことを感じます。節目、節目で震災の話をすることはありますが、目の前のやるべきことに全力で向かう姿が多くなりました。しかし少なくなったとはいえ地震があります。身体はまだその恐怖を覚えているので、激しく身構えてしまいます。「さっき揺れたよね」。図書室にくる生徒は言います。

 震災を扱う記事も、全国紙は扱わない日も多くなりました。しかし被災地にとってはまだ復興の一歩を踏み出したばかりです。

 震災後しばらくは、地震の新聞記事に見入る生徒の姿が多くありました。半年たったころには、その数はずいぶん減り、一年たった今は、震災記事に見入る姿も口にする姿も、さらに少なくなりました。震災関連の新聞縮刷版も購入、展示架に並べていますが見ている生徒はちらほらです。

 ただ時折見ている生徒の様子をうかがうと、その情景写真に当時の事を思い出してしまうのでしょうか、すぐに閉じてしまいます。そのたびに心の傷の深さを感じずにいられません。

 これまで経験したことのない恐怖を感じ、「生きる」ことと向き合い、現実を受け止め受け入れること、助け合いの精神、そして前に踏み出すことなど、地震によって気づかされたことが、たくさんありました。

 一年という節目に当たり、生徒たちが何を思うのか、聞いてみたい気持ちと、そっとしておきたい気持ちが交錯します。 (学校司書 藤枝友香)

 

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