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<新聞から学んだこと 加藤寛一郎>「心の余裕」が重要

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2017年4月11日

横綱昇進の伝達を受け、口上を述べる稀勢の里関=東京都千代田区で

 新聞の詰め将棋、時に挑む。口幅ったいが、難しい問題を選ぶ。易しいと面白くない。例えば「十分で二段」の問題は、二、三時間考えれば解ける。

 そういう意味では、東京新聞日曜日の詰め将棋欄に、まれに現れる超難問が面白い。青野照市九段の出題で、過去二年ほどの間に「十五分で四段」が四度、今年三月には「二十分で五段」の問題も現れた。

 私はその都度、数日から一週間ほどかけて、十時間ほど考えた。解けると、天にも昇る心地がする。しかし三度目、本年一月の問題はついに解けず、絶望の淵に沈んだ。回復するのに、一週間ほど要した。

 回復する過程で、絶望する理由に思い至った。私が詰め将棋の難問に挑むのは、無意識に仕事の験を担いでいるためだった。そんなことをするのは、心に余裕のない証拠だと気付いた。

 その瞬間、原田実氏のことを思い出した。氏は川崎重工のテスト・パイロットを務めた名パイロットで、それ以前は航空自衛隊曲技飛行チーム「ブルーインパルス」の伝説的名編隊長として知られた。氏は曲技を成功させる秘訣(ひけつ)は「余裕」にあるとし、それは「飛行の先を読む」ことから生まれると説いた。

 たまたま稀勢の里関が横綱に昇進したころのことだった。この関取の昇進伝達に対する口上が、「横綱の名に恥じぬよう、精進いたします」だった。余計なことは一切言わない。私はそこに、何とも言えぬ余裕を感じた。

 改めて東京新聞の関連記事を読んだ。元大関千代大海は「稀勢、これからは心の余裕を」と言っていた。元横綱北勝海は「横綱として早く一勝すること。そうすれば肩の力が抜けて、もっといい横綱になれると思う」。これも余裕の重要性を裏付けていると思った。

 かねて私は必勝法に興味を持っている。子供のころひどいいじめに遭い、反動で武道をかじったためである。その影響は仕事にまで及んだ。冷静さを保つという意味で、真に有能な飛行機乗りは、武道の達人が到達したという「悟りの境地」にいるのではと考えている。

 詰め将棋に失敗して私は今、悟りの境地の前段階を説明するヒントを得たかもしれないと考えている。すなわち、余裕を持続できる極限的状態が、あるいは悟りの境地ではあるまいか、と。 (東大名誉教授)

 

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