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文芸この1年 佐々木敦さん×小澤英実さん 対談(下)

文芸時評

2017年12月21日

佐々木敦さん

 小澤 『早稲田文学増刊 女性号』には、俳句や短歌や歌詞もたくさん収められていて、短詩や散文詩の魅力を発信した功績も大きい。

 佐々木 詩歌は最近注目されている女性作家が多いですね。最果(さいはて)タヒや文月悠光(ふづきゆみ)が出てきて現代詩というマイナーなジャンルが脚光を浴びた。最果は「現代詩」というジャンルを超えた、インターネット、SNS以後の全く新しい存在です。

 小澤 現在、百貨店の大がかりなキャンペーンに最果の詩が使われて、街をジャックしている感がありますが、彼女は文学など読まない人にも大きな訴求力がある。

 佐々木 最果は一切顔出しせず、言葉だけで「最果タヒ」というキャラクターを創りあげた。こういう人は今、きわめて珍しい。虚実半々の作家像をつくることに成功しています。

 小澤 連合赤軍の知られざる側面を描く桐野夏生の『夜の谷を行く』は、女性兵士と生殖というフェミニズムの核心的な問題を題材にした点が秀逸。彼女にしか書けない作品です。

 佐々木 桐野は大好きな作家です。史実を足がかりにしながら、ぽーんと想像力で荒唐無稽な所に飛べる力が傑出している。性別と無関係にすごい作家です。

 小澤 沖縄を舞台にした宮内勝典(かつすけ)の『永遠の道は曲りくねる』も、該博な知識と経験に裏打ちされた、円熟したこの作家にしか書けない壮大なスケールの小説。グローバリズムを超えて、地球規模の惑星的思考が展開されている。「持続可能な世界のあり方とは何か」についての真摯(しんし)な思索の果てに生まれた物語で、祈りのような切実さがこもっている。

小澤英実さん

 佐々木 小説のスケールという点では、松浦寿輝の『名誉と恍惚(こうこつ)』はハードボイルド小説的な側面もありつつ、戦時下の上海を舞台に歴史的な考証を緻密に行っている作品。ある世代以後の若い作家は、こういう小説をとても書けない感じがします。文学的なリソース(資源)が違う。

 小澤 リソースという言葉を「教養」に置き換えると、金井美恵子の『カストロの尻』はまさに教養ベース。読者にも高いリテラシーが求められる。

 佐々木 町田康が五年ぐらいかけて書いた『ホサナ』は、犬をドッグランに放してバーベキューを食べるだけの話なのに、とてつもないスケールで画期的な一冊だと思います。先ほど話の出た桐野の場合、彼女にとって自分の小説はどう猛な怪物みたいなもので、それを猛獣使いのように手なずけていく感じがあるが、町田も同じ。無数のテーマと読みどころが、これでもかというくらい入っていて、長さだけでなくいつまでも読み終えられない感じがある。

 小澤 文体も独創的ですが、古典の読み込みや和歌や落語などへの造詣なしには書けないもの。町田は労力や知性を全力投球して、「笑い」や「くだらなさ」に徹底的にとどまる。そこから人間の倫理や善悪、人間と動物の境界はどこか、といった根源的な問いを考えさせるから、笑いが崇高さに昇華している感覚すらある。作中に出てくる「光の柱」は聖書的な言及のようですが、汚染した土地の描写も含め、放射能や震災以後の世界が重なります。

◆勢い増す坂口恭平

 佐々木 坂口恭平が最近書いている小説はすごい。『けものになること』は一行一行で跳躍していくような小説。「家の中で迷子」(『新潮』12月号)は、今回の芥川賞候補に入ってもよかった。題名通り家の中で迷子になる小説なんですが、猛烈な勢いで時間と空間がずれていく。彼の書くものは絶対読み逃すまいと思っています。

 小澤 坂口の作品はシュールレアリスム(超現実主義)の自動筆記に近いが、感覚だけではなくきちんとロジックで書かれている。

 佐々木 柴崎友香の『千の扉』と滝口悠生(ゆうしょう)の『高架線』は、小さな世界を精密に描くことで、風通しのいい広々とした世界に開かれていくような作品。柴崎の小説のアンチドラマ性が好きですが、今回は最後にかなり盛り上がり、ドラマチックといっていい。彼女にとっても重要な作品だと思う。

 小澤 山下澄人の『ほしのこ』は、芥川賞を受賞した後の第一作になりますが、彼独特の文体が、私にはこの作品で初めて成功したと思えた。戦争というテーマが入ったことで、主体の境界の融解に輪廻(りんね)転生のような効果が生まれ、ピースがかちっとはまった感がある。

 佐々木 『ほしのこ』は『星の王子さま』の作者サンテグジュペリを意識して書いていると思います。山下は寓話(ぐうわ)や童話のような物語と酷薄な現実のかかわりを本能的につかみ取る力を持っている。

◆ノーベル賞に正統派

 佐々木 ノーベル文学賞はカズオ・イシグロでしたが、僕は意外でした。確かに「とるかもしれないリスト」には入っていましたが…。

 小澤 毎年受賞が騒がれる村上春樹ではなく、彼と親交の深いイシグロがとったのは皮肉ですね。近年は意外な人選が続きますが、去年ボブ・ディランが受賞した反動からか、今年は正統派の作家がきた。イシグロは日本出身の英国人作家である点が強調されますが、五歳で移住している彼には日本の記憶はほとんどない。むしろ記憶やアイデンティティーの「捏造(ねつぞう)性」という作品のテーマに普遍的なリアリティーがあるのでしょう。(敬称略)

<ささき・あつし> 1964年生まれ。批評家。著書に『新しい小説のために』『筒井康隆入門』『ニッポンの文学』など。

<おざわ・えいみ> 1977年生まれ。東京学芸大准教授(アメリカ文学)。共著に『幽霊学入門』、訳書に『地図になかった世界』。

 

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