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文芸この1年 佐々木敦さん×小澤英実さん 対談(上)

文芸時評

2017年12月20日

2017年の文芸作品を振り返る佐々木敦さん(左)と小澤英実さん=東京都千代田区で

 毎年恒例の「文芸この1年対談」をお届けします。本紙で文芸時評を執筆している批評家の佐々木敦さんと、現代文学に詳しい東京学芸大准教授(アメリカ文学)の小澤英実(えいみ)さんが、二〇一七年の文学について語り合いました。(文中敬称略)

 小澤 今年の文芸でまず印象に残るのは温又柔(おんゆうじゅう)です。台湾に生まれ、日本で育った彼女が、「母語」をめぐる問題を描いた「真ん中の子どもたち」で芥川賞の候補になった時、選考委員の「日本人の読み手にとっては対岸の火事」という選評に批判が集まった。そこからヘイトスピーチなど現在の社会問題とも響きあうかたちで、日本語や日本文学とは何かを問い直す機運が生じたように思います。世界文学や多言語で書くことをテーマにした対談や特集が文芸誌で組まれたり、作風はまったく違うが群像新人文学賞優秀作に選ばれた台湾出身の李琴峰(りことみ)など、新しい日本語文学の書き手が登場してきたのもその動きに連動している。

 佐々木 温は文芸誌に引っ張りだこになっていますね。『文藝』冬号の連作「空港時光」もすごくよかった。遠からず決定的な傑作を書くだろうと思う。温や在日三世の崔実(チェシル)らの作家性は、単に日本と外国ということではなく、日本と隣国との関係性が背景にある。彼女たちのような書き手は今後も出てくると思います。

 小澤 その温や今村夏子を退けて芥川賞を受賞した沼田真佑(しんすけ)の『影裏』は、言語化できないものの語り方が見事。登場人物のセクシュアリティーを断定できない形で書いていて、その「プライバシーの守り方」に目からウロコが落ちた。東日本大震災もあくまで遠景として描いて、大きな物語と小さな物語を語りえぬ事柄としてつなげている。

 佐々木 セクシュアリティーと「3・11以後」という二つの問題を距離をとった形で描いていて、非常に技巧的だなと思った。とても完成度が高い。シリアスでハードな問題を、直接的にではなく間接的に語るのを「黙説法」といいますが、これもそう。今村の『星の子』も同じです。新興宗教にはまった両親の話を少女の視点から書いている。起きていることは悲惨だけど、直接的には描かない。今は中村文則、田中慎弥、星野智幸ら社会の問題を直接的に描く小説があり、もう一方で黙説法の流行がある。両極端で中間がない印象です。

 セクシュアリティーの描き方を考えた時に、松浦理英子の『最愛の子ども』はおそるべき作品だと思う。

 小澤 今年ダントツの一位です。ディストピア(反ユートピア)小説が近年増えていますが、この作品が描くのはユートピア。おとぎ話のように甘美な世界が、かえって現実社会の過酷さを痛切に浮かび上がらせる。思春期の少女の成長譚(たん)ですが、安易なフェミニズムではなく、男子生徒にもスクールカーストがあったり、性役割をつくるジェンダーの規範自体に焦点がある。女子三人の疑似家族を描くことで、家族とは何かを問い直す社会的な意義もあります。

 佐々木 一種の実験小説ですよね。松浦は問題作しか書かない作家で、しかもすごく寡作。久しぶりの作品だったが、ある意味で成熟した。技術的にもすごくうまい。これを読むと下手な小説家は恥じますね。

 小澤 私も参加しているので手前みそですが、古今東西の八十二人の作品を集めて「女性の表現とは何か」を問うた『早稲田文学増刊 女性号』は、今年の文芸における大きな事件の一つです。最近、女性差別はだいぶ解消されてきたとか、逆に女性は優遇されているといわれたりしますが、差別や抑圧は社会構造そのものに深く組み込まれて、より可視化しにくい形に変化しただけともいえる。この号は女性性に付随するさまざまな問題を浮き彫りにしたと思います。

 佐々木 詩人の榎本櫻湖(さくらこ)が『現代詩手帖』十一月号の「『性同一性障害』だったわたし」と題したエッセーで、この特集への批判をしています。女性だけによる女性号というのは、性的少数者の問題とどうかかわるのか。女性の中にも強者は存在するわけで、「我ら女性」を強調するこの企画には過剰な攻撃性を感じなくもない。もう少し繊細なやり方があるのではないかとも思いました。

 小澤 「女性号」とくくる暴力性はたしかにあるが、そもそも収録作が粒ぞろいで質が高い。反響も大きく、「女性とは何か」を改めて考えるきっかけをつくった。私の尊敬する故竹村和子をはじめとする文学研究者は、最終的に男女のカテゴリーの消滅を目指してフェミニズムに携わっていますが、この号はそこに至るための里程標だと思います。

◆2人が選ぶ今年の10冊(上位3冊以外は刊行順)

【佐々木敦さん】

(1)松浦理英子『最愛の子ども』 (文芸春秋)

(2)町田康『ホサナ』 (講談社)

(3)坂口恭平『けものになること』 (河出書房新社)

 村上春樹『騎士団長殺し』 (新潮社)

 松浦寿輝『名誉と恍惚』 (新潮社)

 今村夏子『星の子』 (朝日新聞出版)

 山下澄人『ほしのこ』 (文芸春秋)

 滝口悠生『高架線』 (講談社)

 柴崎友香『千の扉』 (中央公論新社)

 磯崎憲一郎『鳥獣戯画』 (講談社)

【小澤英実さん】

(1)松浦理英子『最愛の子ども』 (文芸春秋)

(2)町田康『ホサナ』 (講談社)

(3)川上未映子責任編集『早稲田文学増刊  女性号』 (発売・筑摩書房)

 桐野夏生『夜の谷を行く』 (文芸春秋)

 宮内勝典『永遠の道は曲りくねる』 (河出書房新社)

 金井美恵子『カストロの尻』 (新潮社)

 長嶋有『もう生まれたくない』 (講談社)

 沼田真佑『影裏』 (文芸春秋)

 山下澄人『ほしのこ』 (文芸春秋)

 多和田葉子「地球にちりばめられて」 (『群像』2016年12月〜17年9月)

 

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