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村田沙耶香「消滅世界」 綿矢りさ「ウォーク〜」 佐々木敦

文芸時評

2015年7月30日

 第百五十三回芥川龍之介賞は、羽田圭介「スクラップ・アンド・ビルド」(『文学界』3月号)と又吉直樹「火花」(同2月号)に決まった。羽田は四度めの候補、又吉は文芸誌デビュー作での受賞である。精神的活劇介護小説とでもいうべき羽田作品、二人のお笑い芸人の長年の交情を悲哀と狂気と滑稽の入り交じった筆致で描いた又吉。羽田は今後も安定した仕事ぶりを見せてゆくだろう。又吉は二作目がいつ読めるか。人気芸人の受賞が「文学」に齎(もたら)すものよりも、いきなりの芥川賞が、この出てきたばかりの新人作家に、何を与え、何を強いてゆくのかが気になる。短いものでもいいので、とにかくコンスタントに書いてゆくことを望みたい。

 村田沙耶香の長編一挙掲載「消滅世界」(『文藝』秋号)は、昨年評判を取った「殺人出産」に続く、異様な設定のディストピア小説である。今度もテーマは「出産」だ。近未来の日本、戦争(どうやら第三次世界大戦らしい)で新生児が極端に減り、その対策として人工授精が飛躍的な進化を遂げた。戦後もその状況は加速し、今では交尾(性交とは呼ばれない)で妊娠するケースは稀(まれ)になっている。それどころか交尾する人間自体、急速に減っており、特に夫婦間の交尾は近親相姦(そうかん)と呼ばれて忌み嫌われている。恋愛と結婚と出産のあいだの繋(つな)がりが完全に切断された世界。珍しく両親の交尾で産まれたヒロインと、その夫(もちろん二人は交尾などしない)は、実験都市千葉に移住する。そこでは男性も出産が可能になる新技術が試行されている。産まれた子は「子供ちゃん」と呼ばれてまとめて育てられ、誰もが「おかあさん」として「子供ちゃん」全員に愛情を注ぐことが義務化されている。性的関係、配偶関係、家族関係が次々と「消滅」し、種の保存としての再生産=出産のみが残される…グロテスクな思考実験は、しかし妙なリアリティーを持っている。それはもちろん少子化が加速度的に進む日本の現状に照らしつつ読んでしまうからだ。ひとつのアイデアをとことん突き詰めていくだけの作品だが、こんなやり方でないと出ない迫力がある。村田は今どき、問題作らしい問題作を書ける貴重な才能だと思う。

 綿矢りさの「ウォーク・イン・クローゼット」(『群像』8月号)は、村田作とは対照的、と言ってしまうと誤解を招くかもしれないが、こう言ってよければ、とにかく問題作にだけはするまいという作者の意地(?)のようなものを感じさせる。ヒロインは二十八歳のOLで、半年前に別れてから新しい恋人を探している。彼女が武器とするのはもっぱら洋服で、いわく「年齢に合わせて似合う服は変わると分かってはいても、ガーリーで清楚(せいそ)なモテファッションを卒業するのは彼氏ができてから」。彼女の今いちかんばしくない恋活模様に、ランジェリーモデル出身で最近は芸能人としても顔が知られてきている親友のだりあや、昔アタックして玉砕した年下のショップ店員のユーヤなどが絡みつつ、物語は進行する。最初の一行さえ目に入れてしまえばあっという間に最後までするすると読み切ってしまう卓抜なリーダビリティには毎度敬服するが、しかし私が知りたいのは、一体いかなる動機が綿矢にこれを書かせたのかということである。これだけの達者な技があるのだから、村田ほどでなくてもいい(誰もが村田になったらそれはそれで困る)、ほんの僅(わず)かでもいいので何ごとか「問題」らしきものを潜ませてほしいと思うのは無い物ねだりなのだろうか。

 原田宗典(むねのり)「メメント・モリ」(『新潮』8月号)は、「十年ぶりの復活作」だという。「私は今、何を書こうというあてもなしに、これを書き始めた。こんなふうにして書くのは初めてだ」。この冒頭の一文をそのまま受け取る必要はないが、ともかくも一見とりとめなく、無頼派というか破滅型というか、いっそ「ダメ」と呼んだ方がよさげな作家の「私」の身に起こったさまざまな、コミカルだったりシリアスだったり、時にはホラーぽかったりあからさまに反社会的だったりする数々のエピソードが、数十年という長い時間を自在にあちこち跳び回りながら綴(つづ)られていく。題名は「死を想(おも)え」であり、全体を「死」の記憶と予感が濃く薄く覆っているのだが、描かれているのは明らかに悲惨な方向の話ばかりであるにもかかわらず、読後感は奇妙に爽やかなのだ。作者の物腰というか、その書きぶりは最初から最後まで歴然として「ダメ」なままなので、こんな言葉は似つかわしくないのかもしれないが、傑作である。どこまでが事実と照応しているのかはわからないし、どうでもよい。全てが事実でも、全てが嘘八百(うそはっぴゃく)でも、この小説の価値は変わらない。

 (ささき・あつし=批評家・早稲田大文学学術院教授)

 

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