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「なみだ」の話

考える広場

2018年4月14日

半崎美子さん

 涙、泪、涕。どれも訓読みは「なみだ」。悲しい涙あり、うれし涙あり、そして感動の涙あり。古来、私たちは人生や歌、映画、文学の局面や場面に涙してきた。二十一世紀の今、涙はどう流れる?

◆一歩前に進んだ証拠 シンガー・ソングライター・半崎美子さん

 上京してパン屋さんで住み込みのバイトをしながら、曲作りをする日々でしたが、その後はクラブやライブハウスで歌っていました。今は全国のショッピングモールなどで歌っています。聴きながら涙を流している人もいますし、ライブの後のサイン会では、泣きながらご自身やご家族の話をしてくれる人もいます。話を聞いて私が泣いてしまうこともあります。

 連鎖的な涙、もらい泣きもありますね。誰かが泣いたことによって「あ、泣いてもいいんだ」と許されたような気持ちになるのでしょう。涙を流すような感情はもともと誰にでもあると思いますが「大人が人前で簡単に泣いてはいけない」とか「男性だから…」とか、気を張っていることもありますから。そのたがが外れてあふれ出す瞬間をライブ会場でよく見ます。

 あくびはうつると言われますよね。誰かがあくびをすると、自分もあくびをしてしまうと。でも、もらい泣きは、人の涙を見たら自分もつられて泣いてしまうというような単純な現象ではないと思います。子どもはもらい泣きをしないですから。大人たちには普段はふたをしている感情があって、その出口が開かれる瞬間に涙があふれるのではないでしょうか。

 作っているときに私が泣いてしまった曲もあります。交通事故で息子さんを亡くしたご家族からいただいた手紙を読んで作った曲「明日へ向かう人」もそうでした。できた後も泣かずに歌うことができなくて、ライブで披露するまでに数カ月かかりました。そういう曲は、聴いている人にもよく伝わるように感じます。

 泣くことはすごく前向きなことだと私は考えています。感情を涙という形で表に出すことで泣いた後、すっきりした表情で帰っていく人もいます。悲しみの淵にいて言葉にすらまだ出せないことをサイン会で私に打ち明けてくれて、涙を流す。それは、一歩前に進んだということだと思っています。

 ショッピングモールでのライブやサイン会はこれからも続けていきたいです。ほかの人には話せないことを涙を流しながら私に話してくれるのは、私に心を開いてくれているからだと思いますし、それはとてもありがたいことです。大事に受け止めていきたいですし、そんな皆さんを全面的に信頼しています。

 (聞き手・越智俊至)

 <はんざき・よしこ> 1980年、北海道生まれ。17年間の自主活動を経て昨春メジャーデビュー。「ショッピングモールの歌姫」と呼ばれる。2月に新曲「明日への序奏」を発表。

◆健康のために泣いて 「涙活」発案者・寺井広樹さん

寺井広樹さん

 離婚を決めた夫婦が円満に別れるためのセレモニーとして、結婚式ならぬ「離婚式」を考案し、今も続けています。離婚式で女性は泣かないですが、男性は号泣する。すると泣いた後、すっきりした顔になるんですよ。涙には何かしらのパワーがあるんだと気付き、私も泣ける動画をネットで探して泣いてみました。そうしたら、すごく体調が良くなった。免疫力が上がったのか風邪もひかなくなって。

 私たちは日中、緊張や興奮を促す交感神経が優位な状態にあります。でも涙を流すと、副交感神経が優位に切り替わる。そのためリラックスし、心の混乱や怒りが鎮まるのです。

 そんな話を周囲にしていたら「家でも職場でも泣く場所がない」という声を聞くようになった。じゃあ集まって泣ける場所をつくろうかと。それが五年前、「涙活」のスタートです。

 人によって感動するツボは違う。動物、スポーツ、親子愛…。ですから涙活の会場では、泣きツボの異なる数分間の動画をつなげて三十分ほどにして上映し、みんなで鑑賞して泣きます。

 最近では法人向けサービスも始めました。イケメンならぬ「イケメソ宅泣便」。イケメンが一緒に動画を見たり絵本を読んで聞かせ、参加者と共に泣く。そして参加者の涙をぬぐうサービスもします。企業の福利厚生として、さまざまな会社から呼んでもらっています。

 婚活に役立つと、「涙婚」を始めました。泣けるツボが同じ人とマッチングするんです。共感のポイントは笑いだけじゃないですからね。さらに就職活動にも、涙は使えるんです。リクルートならぬ「ナクルート」。企業の採用担当者と就活生が一緒に動画を見て泣き、その後に面接をする。顔をぐしゃぐしゃにして相対するから、どちらも本音が出やすいんですよ。

 世界に涙活を広めるべく「全米感涙協会」を設立しました。本部は東京で私が会長ですが(笑)、米国でも活動してます。

 当初、涙活参加者は二十〜三十代の女性が中心でしたが、最近は五十〜六十代の方も増えました。震災の影響もあると思いますが、涙活の普及で団塊世代にも「男も泣いていい」と意識改革を起こせたのではと思っています。「人前で泣くな」の時代は終わりました。心身の健康のためにもどんどん泣いてほしいです。

 (聞き手・出田阿生)

 <てらい・ひろき> 1980年、兵庫県生まれ。たきびファクトリー代表。2009年に夫婦が円満に別れる「離婚式」を提唱。母親向け絵本『ナミダロイド』を3月に発売。『泣く技術』など著書多数。

◆高度成長前後で変化 映画評論家・吉村英夫さん

吉村英夫さん

 日本の近代百五十年は第二次世界大戦の前後で分けられるのでしょうが、涙を含む感情という点では高度成長の前後で分けられると思います。戦前の封建的な価値観を持った「家」「家族」が完全に解体されたのが一九六〇年ごろだからです。

 三四年に初めて映画化された「婦(おんな)系図」などには、戦前の「義理と人情」が生きています。若い学者が、恩義ある師の指示で恋人と別れるという筋。多くの観客の涙を誘ったわけですが、今見ると時代錯誤に感じます。

 高度成長期、個人は「家」から解放され、家族の意識も薄れる。その究極が「無縁社会」。親が死のうが子が死のうが関係ないというところまで行きつつある。その意味で、日本人の涙に変化はあったかと問われれば、「ある」と答えます。「義理と人情」の板挟みになるという構図はなくなった。そうした垣根がなくなっていく中で、叙情の感性が変わり、人は泣かなくなりました。しかし、「ない」とも答えたい。高度成長以後も泣けるものはある。

 家族の意識が薄れたといいましたが、実は、薄れたのは血のつながりです。その最初が「東京物語」。父親が血のつながった子どもたちより、死んだ次男の妻の方に親近感を覚えます。五三年の作品ですから先駆的です。それを継いだのが「男はつらいよ」シリーズ。家族映画ですが、寅さんの家族は標準の家族ではありません。両親はおらず、母親の違う妹の一家、叔父夫婦が家族です。

 今は、血のつながらない家族、あるいは血というものを問題にしない集合体が普通になっている。それを最も象徴的に描いたのが、二〇一六年に公開された映画「湯を沸かすほどの熱い愛」です。この映画は「タオル必須」の泣ける映画と評判になりました。宮沢りえが演じる母親が末期がんと告知され、家族や周囲の人たちに愛をもって最後の励ましの行動に出ます。興味深いのは、母親はここで誰とも血でつながっていない存在だということです。

 母親は自立しており、皆の自立を促します。その上で「支え合いましょう」と。もう一つ次元の違う、新しい家族ができるのだと示唆しているように思います。無縁社会、格差社会で矛盾はいっぱい出てきている。そこをうまく描き出せれば、見る者は泣くのです。

 (聞き手・大森雅弥)

 <よしむら・ひでお> 1940年、三重県生まれ。「男はつらいよ」シリーズの研究などで知られる。『完全版「男はつらいよ」の世界』『山田洋次と寅さんの世界』など著書多数。

 <涙> 目の涙腺から分泌される体液。主な役割は、目の表面への栄養補給やまぶたの潤滑、細菌や紫外線からの目の保護、消毒など。98%は水分で、そのほかタンパク質やリン酸塩を含有する弱アルカリ性の液体。

 「広辞苑」では、「涙雨」「涙顔」「涙霞(がすみ)」「涙法師」「涙にくれる」「涙に迷う」「涙に咽(むせ)ぶ」「涙を呑(の)む」など、30近い言い回しが紹介されており、その多くは、「悲しみ」を言い表している。

 

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