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『君たちはどう生きるか』と現代人

考える広場

2018年4月7日

浜口順子さん

 『君たちはどう生きるか』が読まれている。漫画版と新装版の小説が、合計二百五十万部の大ヒット。戦前に書かれた作品が、二十一世紀の今よみがえったのはなぜか。人が「どう生きるか」を考え、悩むのは、いつの時代でも同じなのだろうか。三人に聞いた。

 <『君たちはどう生きるか』> 児童文学者・吉野源三郎の小説。1937年出版。軍国主義の風潮の中、少年少女に自由で進歩的な文化を伝えるための「日本少国民文庫」の一冊だった。

 15歳のコペル君に、叔父さんが「ものの見方」「個人と社会の関係」などをノートにつづり「どう生きるか」を問いかける。漫画版などが昨年出版されてブームに。原作を愛読するスタジオジブリの宮崎駿監督が「次回作をこのタイトルで」と明言した。

◆後悔しない勇気持つ タレント・浜口順子さん

 普段、本をあまり読まないので、私が読んだのは漫画です。「意外と文章多いやん!」って驚きましたけど、一日で一気に読みました。

 迷って、悩んでいる今、この本を手に取れてよかったと思っています。正直、満足していないんですよ。自分の仕事ぶりとか、生活とか、毎日に。

 この本の大きなテーマというのは、自分のことは自分で決めましょうということですよね。それは、すごく勇気がいることだなって思うんです。

 例えば番組の収録。打ち合わせで、スタッフさんと「これ言いましょうね」と決めてたのに勇気がなくて言えなかったことが何回も。カットされるんやったらスベっても勇気を出して前に出ればいいと思うんですけど、空気みたいにひな壇に座っていたこと、数え切れなくて。

 なんでグイグイいけへんかったんやろ、と振り返るんですけど、「嫌われんのがこわいから」。結局、そこにつながるんです。思い返せば、SNS(会員制交流サイト)とか普及してない時代は、そんなこと気にしていなかったんですよね。何か言ったことでぶわっと炎上しちゃうような世の中になって、今は俯瞰(ふかん)で冷めて見てしまう自分がいるんです。

 この本の中で、コペル君は勇気が出せなくて上級生から暴力を振るわれている友達を助けられなかった。友達を裏切ってしまったと思い、すごく悩む。それと通じる。ほんまに、最大のテーマは勇気やなって。

 最後の方で、お母さんの言葉が出てきます。コペル君に向かって、やるべきことをできずに後悔した経験を忘れてはいけない、みたいな。それが「きっと何度も背中を押してくれるから」と。私にはそれが、すごく心に響いたんですね。

 びびることなく、勇気を持って仕事に挑みたいと思いました。今、テレビで活躍されていたり、インパクトを残したりする方々というのは、臆することなく発言や活動をしている人だったりするし。

 コペル君が友達を助けられず、立ち尽くしているときの目が忘れられないです。私も、こんな目してたんかなみたいな。何か知らんけど、涙が出ました。もうこんな目はしないでおこうと。「もっとできたんじゃないか」っていう後悔だけは、したくないと思いました。

 (聞き手・小佐野慧太)

 <はまぐち・じゅんこ> 1985年、大阪府生まれ。2001年、ホリプロタレントスカウトキャラバングランプリ。bay fm「The BAY☆LINE」、NHK大阪放送局「上方落語の会」出演中。

◆正義と倫理、育む力を 作家・梨木香歩さん

梨木香歩さんの著書(文庫版)

 『君たちはどう生きるか』を初めて読んだのは小学校高学年の頃でした。登場する叔父さんやお母さんが主人公を見守るまなざしが素晴らしくて、こんな大人が周りにいれば生きやすいだろうなあと思ったものです。

 当時作品の全ては分からず、ただ「君たちはどう生きるか」という問いが、自分がいつか答えるべき課題として、胸に飛び込んできたような思いでした。

 『僕は、そして僕たちはどう生きるか』(二〇一一年刊)は、その問いへの返事のような形で生まれました。十四歳の主人公のあだ名は、やはり「コペル君」です。子どもだけではなく、大人の心の奥にいる「十四歳」にも向けて、皆で一緒に「答え」を考えたいと思いました。

 吉野源三郎さんが描いた、温かい大人に囲まれた昭和の「コペル君」と違い、平成の「コペル君」は無条件に大人を信じることができない。今の子どもたちは危険センサーを磨いて生き抜かなくてはいけない。

 『僕は、そして僕たちはどう生きるか』は、私の中では小説ではなく、「考え続けて」生きるためのハウツー本でした。

 『君たちはどう生きるか』が現在ベストセラーになっている理由として、よく、一九三七年と今の時代が似ているとか右傾化する社会への危機感とかが指摘されます。それもあるでしょうが、根底にあるのは、今こそ正義や倫理というものの在りかを考え直したいという読者の無意識の欲求ではないでしょうか。公文書改ざん問題などに象徴されるように、今は外側からの視線を意識して体裁だけ取り繕って世の中に通そうとすることが多い。インスタグラムの流行も示唆するように、他者の反応があって、初めて正義や倫理も存在するかのようです。

 吉野さんのヒューマニズムは、人間の内側からやむにやまれぬ衝動に突き動かされて出てくるものです。人間に対する鍛え抜かれた信頼があり、そこにこそ正義や倫理もある。

 この「流行」は、あまりにも極端に走った世の中が、自らバランスを取ろうとする動きなのかもしれません。

 もがきながら内側から湧き起こってくる正義や倫理−。平成の「コペル君」も、そうであってほしい。そして私たち大人にもまた、社会の「育む力」をもう一度取り戻したいと潜在的な願望があるように思われてなりません。

 (聞き手・藤矢大輝)

 <なしき・かほ> 1959年生まれ。著書に『私たちの星で』『海うそ』(以上、岩波書店)、『西の魔女が死んだ』(新潮社)『わたしたちのたねまき』(のら書店)など多数。

◆教訓や手掛かり期待 大妻女子大准教授・牧野智和さん

牧野智和さん

 原作は教養主義の文脈で書かれた人格形成に関する物語だといっていいでしょう。しかし、教育社会学者の竹内洋先生が指摘されたように、教養主義は没落して久しいわけです。漫画版を教養主義の文脈で読む人はほとんどおらず、日々のちょっとした手掛かりを得ようという自己啓発の文脈で読んでいる人が多いのではないでしょうか。

 自己啓発書の編集者から「これからは本質的なものが求められるようになる」という話を聞いたことがあります。目先のハウツーではなく、生き方を正面から問う本が売れると。そういう状況で、本質をズバリと突いてくれる大家の本が売れるんだと思います。啓発書の読者にインタビューしても、何か本質的なことが書いてあるのではないかと期待して読むと言います。

 ちゃんとした本、ちゃんとした書き手に啓発されたいということでしょう。教養主義の時代なら西田幾多郎『善の研究』や阿部次郎『三太郎の日記』など。誰でも、どの本でもいいわけではなく、皆が認める人や本から教訓や手掛かりを得たいという気持ちは今も昔も共通しているのかもしれません。

 ビジネスの文脈では、上司と密に付き合って何かを学ぶことが少なくなる中で、上から降りてくるメッセージとしてこうした本を手に取る人がいるのかもしれません。

 漫画版が二百万部を超えたということですが、大ベストセラーの理由というのは難しくて、ブームだから手に取るというサイクルに入っている面もあると思います。自己啓発書の作り方という観点からみても、漫画化は読みやすくする工夫の一つとしてある二〇〇〇年代のトレンドで、特に新味はありません。

 漫画版は原作と同じではありません。漫画版のハイライトは主人公が友達を裏切り、そして和解するくだり。原作ではそれはエピソードの一つにすぎず、教養主義的な文脈の中にあってもっとよい人間にならなくてはいけないという人格形成が主題です。漫画版では、人格よりも良好な対人関係という現代的な物語に落とし込まれています。

 個人的には原作の方が好きです。それでも、学生に「この本どうですか」と聞かれて「読んでみたら」と勧められるような本が売れているのは、いいことだと思っています。

 (聞き手・越智俊至)

 <まきの・ともかず> 1980年、東京都生まれ。早稲田大大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。教育学博士。著書に『自己啓発の時代−「自己」の文化社会学的探究』など。

 

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