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超高齢社会の在宅医療 鈴木穣・論説委員が聞く

考える広場

2018年3月24日

太田秀樹さん

 日本人は長生きするようになりました。高齢化でお年寄りも増えています。長い高齢期をどう過ごし、最期をどのように迎えたいかにも関心が高まっています。自身が望む生活の実現には、医療や介護が身近にあることが欠かせません。栃木県小山市で在宅医療に取り組む医療法人アスムス理事長の太田秀樹医師にその役割を聞きました。

◆総合的な生活支援を 医療法人アスムス理事長・太田秀樹さん

 鈴木 日本人の平均寿命は男性が八十一歳、女性が八十七歳。まだ延びそうです。高齢期はいずれ体が弱くなり動けなくなります。まず直面する問題は「食べられなくなったらどうするか」と「オムツは誰に替えてもらいたいか」という人の尊厳に関わること。言い換えるとチューブで栄養を送る人工栄養を受け入れるかという決断です。

 太田 胃ろうなど人工栄養を否定するものではありません。もともと小児医療から始まったもので成長する子どもたちには必要な医療です。でも、寿命で命を閉じそうな高齢者への人工栄養には疑問を感じています。回復の期待がないのに病院のベッドの上でおしめをあてられて生かされている。しかも、皮肉なことに質の高い医療をやる施設であるほど人工栄養の期間が長くなる。最期は治せないような合併症を抱えて亡くなっていく。人工栄養が始まった時点で尊厳のある暮らしはなくなってしまいます。

 鈴木 誰にでも起こり得る問題です。だから自分の問題として、高齢期の生き方と受けたい医療はどんなものかを考える必要があります。それを考える際に、私たちが持っている「病院信仰」のような過度に病院に頼る意識を変えることが求められていませんか。

 太田 もちろん治せる疾患は病院に入院し治さないといけない。ただ、「治す」ということを優先するので、患者の生活にまで注意を払われない。入院するとよく禁食が行われます。食事を中止したら人工栄養になります。高齢者は二週間ぐらいベッドに寝てしまうと一定の筋力を失う。例えば治療で肺炎は治るかもしれないが、「口から食べる力」を失って、次は胃ろうになる。ベッドの上で数カ月過ごすうちにまた肺炎になって命を落とすことになる。こういうことは日常的に起こっています。

 とにかく入院するという「病院信仰」は医療の歴史にも関係しています。一九六一年に国民皆保険制度ができるまで、社会に医療が行き渡っていませんでした。だから保険制度が整い入院できることは、国民にとってはありがたかった。高齢者の医療費無料なんていう施策もとられました。高齢者は疾患を抱えますが、同時に、足腰が弱って歩けなくなるといった生活障害も抱えます。そういう人たちも入院しました。本来、福祉政策で解決しなければならない生活課題も医療が面倒をみました。こうした文化が関係しています。

 鈴木 今後、高齢者が増えることで多死社会を迎えます。高齢期は慢性疾患など「治らない病」とつきあいながら生活をすることになります。それを支えるには病院医療だけでは対応できない時代になりました。

 太田 「治らない病」は言い換えると「障害」なんです。生活の障害は病院医療の対象にはなりません。若い人なら一週間ベッドの上で寝て治療を受けて帰ってきます。一方、寝ていると歩けなくなる高齢者が増えてきた。医学は科学ですが、医療とは医学を社会に適応させて使いこなす行為です。社会が変わった以上、医療も提供する枠組みを変えていかなければなりません。

 鈴木 活動できる健康寿命から平均寿命まで約十年。この間、心身が弱まり生活を支える医療や介護が必要になります。在宅医療は「治す」だけではなく「支える」医療ともいいます。

 太田 本来、病は家で治療するものだったはずです。技術進歩で在宅でもかなりの治療ができるようになりました。病院ではトイレも移動も楽でしょうが、家でなら大音量で音楽を聴けるし、好きなものを食べられる。ペットだっている。それでも病院にいたいですか。

 鈴木 日常生活を支える診療とはどんなものですか。

 太田 開業したころのことですが、往診するとおばあさんが具合悪いと寝ていました。「朝食を食べていない。お茶も飲んでいない」と言う。冷蔵庫にあった卵を焼き、ご飯を炊いて帰ってきました。夏場に熱中症にならないようにするには、まず患者さん宅のエアコンのフィルターを掃除すること。医療の域を超えていますが、いくら良薬があっても生活がきちんと構築できていなければ医療の力も発揮できません。こうした行為を統合したものが在宅医療です。

 鈴木 太田さんは今、診療所に介護サービス、そしてさまざまな相談にも応じています。医療や介護といった枠を超えた支援の仕組みをつくっています。

 太田 その通りです。高齢者を支えるためには医療とか介護という別々の枠ではなく、一体的になった「生活支援サービス」というべきものに発想を変える必要があります。医療はその中の一つの要素でしかないと思います。

 鈴木 新しいサービスを地域につくる発想ですね。みとりも積極的に担っています。

 太田 みとりまで付き添うには、患者や家族とお互いに知り合うことが前提です。だから外来診療が大切になります。夫をみとった女性が外来で来ています。そこで彼女たちのグリーフケア(身近な人を亡くした悲しみや喪失感を支える活動)もしているし、どんな終末期を迎えたいかも分かります。外来から在宅に移っても患者に寄り添うことができます。

 鈴木 二〇一八年度に診療報酬と介護報酬が改定されます。医療と介護は在宅を支えるサービスの報酬がアップされ提供体制が強化されます。

 太田 個別に意見はありますし、この改定で在宅医療が急に普及するわけではないでしょう。ただ、診療報酬が十分につかなかった時代から在宅をやってきた身からすると、これだけサービスを増やして報酬がつくのはありがたいと思っています。

 鈴木 在宅医療が社会に広がるには、医師の取り組みだけでは難しいのではないですか。

 太田 そう、それには地域包括ケアシステムをどうつくるかという話になります。まずやる気のある行政、それと医師のような職能集団と住民の協働が欠かせません。例えば、医師がやることを看護師にやってもらう、看護師の仕事をヘルパーに、ヘルパーがやっていることをご近所さんにボランティアでやってもらう。自助、互助の仕組みが必要です。

 医師など専門職は、在宅をやらなければと意識は変わってきています。あとは国民が望んでくれるかどうか。病院でがんと闘うより家に帰って緩和ケアを受けた方が長生きするとか、肺炎の治療は家で受けた方が成績がいいとか、医学的なエビデンス(根拠)が出てきています。国民も在宅がいいとなれば一挙に向かうと思います。それにはどうしたらいいか、それを一生懸命考えてやっています。

 <おおた・ひでき> 1953年、奈良県生まれ。岐阜高校、日本大卒。自治医科大大学院修了。博士(医学)。自治医大の整形外科医局長、専任講師を経て92年に「おやま城北クリニック」を開業。現在は医療法人アスムス理事長として24時間365日の在宅ケアサービスを地域で続ける。

 <地域包括ケアシステム> 高齢者が住み慣れた地域で最期まで自分らしい人生を送れるよう医療や介護、行政などの専門職に住民も加わって協働して取り組む地域づくり。住まいから30分以内で医療・介護・生活支援・介護予防を切れ目なく受けられる仕組み。政府は団塊世代が75歳以上となる2025年までの構築を目指している。

 <診療報酬・介護報酬の改定> 国が定める医療と介護のサービス価格。原則、診療報酬は2年ごと、介護報酬は3年ごとに改定され、6年に1度、同時に改定される。今回の同時改定は18年度から実施される。かかりつけ医の普及や在宅を支える介護など高齢化に向けて「施設から在宅へ」を後押しするようなサービスの充実を図る。

 

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