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リベラルのかたち

考える広場

2018年2月3日

辻元清美さん

 「右」じゃない。戦前回帰は許さない。人に優しく。海外派兵に反対。政権に警鐘を鳴らす。昨年の総選挙で注目された「リベラル」のイメージはさまざま。専門家三人に聞くと、リベラルの現状に辛口の意見も出た。

◆現実変える大きな力 立憲民主党国対委員長・辻元清美さん

 リベラルとは、現実を変革するものだと思っています。その物差しが、人権や多様性、共生といった価値。よくリベラルは「理想主義だ」とか「お花畑だ」と批判されますが、全く違います。リベラルには社会を変革する大きな力があります。

 私が国会議員になった一九九六年当時は、LGBT(性的少数者)の人権を主張しても誰も聞いてくれませんでした。むしろバッシングを受ける状態でした。今やLGBT差別はダメで、結婚を認める国もあります。

 以前は「原発は危険だ」と批判すると、「左翼」とか「過激派」扱いされました。しかし、東京電力福島第一原発事故が起き、原発をやめる国も出てきました。男女平等もそう。戦前は認められなかった女性の選挙権、被選挙権は今では当たり前。そういう社会を実現しようという市民運動など、さまざまな活動が社会を変えてきたのです。

 保守とリベラルはしばしば対立概念だと思われていますが、実はお互い重なる部分もあるのです。うまく混じり合えば良い社会を実現できます。ドレッシングに例えると分かりやすいです。お酢と油は混じり合わないけど、配分やシェークの仕方によっては非常においしくなりますね。保守とリベラルはそういうものだと考えています。

 私が社民党の一年生議員だったときは自社さ政権時代。保守の自民党にも、リベラルに寛容な人たちがたくさんいました。そのころ、情報公開法や環境影響評価法、男女共同参画社会基本法、特定非営利活動促進法(NPO法)など、人権や多様性、共生社会の価値を保障する法律を制定できました。

 最近では、自民党の小泉純一郎元首相は原発ゼロの旗を振っています。自民党が推し進めた安全保障関連法には、保守とされる山崎拓元副総裁も反対を表明しました。安倍政権の政策に対する違和感が、保守の政治家にもリベラルといわれる政治家にも広がっています。

 それは、安倍政権が今までの寛容な保守ではなく「排外的右派」であり、息苦しい世の中になっているからではないでしょうか。鳩山政権のとき十一位だった報道の自由度ランキングは、安倍政権で途上国並みの七十位以下に落ちています。単一社会は弱い。多様な人たちが交じり合い、力を発揮できる社会こそが本当に強い社会だと信じています。

 (聞き手・山口哲人)

 <つじもと・きよみ> 1960年、奈良県生まれ。早稲田大卒。在学中に非政府組織(NGO)「ピースボート」設立。96年衆院選で初当選。民主党政権で国土交通副大臣などを歴任。当選7回。

◆当事者の声を社会に 元SEALDs、筑波大院生・諏訪原健さん

 「当事者」の声をきちんと尊重して、どう社会を組み替えていくか。そういう思考をリベラルととらえています。

諏訪原健さん

 端的な例だったのが、待機児童問題で「保育園落ちた」と窮状を訴えた匿名ブログ。一人の当事者の声が出発点となり、政府が緊急施策を発表するなど、話が進みました。

 しかし、今の政治は基本的に「国益に沿うのか」とか「国家にとってどうなのか」とか、公の側で物事が考えられています。例えば沖縄の米軍基地は「日本の安全保障を考えたとき必要」という発想。現地の声を聞き、沖縄と合意できる回答をつくらなければいけないのに。

 憲法論議もそう。「日程ありき」「変えることありき」で自民党がやりたいことが下りてきて、宙に浮いた議論になっていますが、私たち自身が、社会の当事者として語らなければなりません。「国家にとって必要なんだろうな」ではなく、自分たちにとって必要かどうかが判断基準です。私は改憲の前に、今の憲法の価値を引き出す政治ができるはずだと思っています。

 原発も、リスクを感じている人はたくさんいるし、いまだに避難生活を送っている人たちがいる。そういう人たちのことを考えたら、原発を進めようという話に絶対ならないはずです。

 リベラルに対し、保守というのは思想というより、現実をあまり変えない形で妥協策を探る政治姿勢と思っています。

 安定した職があって賃金も上がり、レールに乗っていれば安心して暮らせるという高度成長期のような人生設計に、私の世代は現実味を持てません。そういう時代には、あぶれた多様な人たちの声をくみ上げるしか、政治のビジョンは見えません。

 理屈になっていなくても、感情レベルでもいい。「自分はこう生きたい」という小さな声を聞くことを積み重ねて、それに合わせて社会をつくっていくことが、リベラルに求められるものです。一人のカリスマが政治をするのではなく、市民が参加することが大事なのです。

 その意味で、リベラルは民主主義とのつながりがすごく強い。かつてSEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動、シールズ)がしたことは、政治参加へのハードルをかなり下げたと思います。政治に参加してくれる人は相当いるはず。もっと働きかけるべきだと思います。

 (聞き手・坂田奈央)

 <すわはら・たけし> 1992年、鹿児島県生まれ。2015年に発足したSEALDsに参加し、安全保障関連法に反対。その後、市民のためのシンクタンク「ReDEMOS(リデモス)」を設立。

井上達夫さん

◆問われる護憲の論理 法哲学者、東京大教授・井上達夫さん

 戦後日本の党派政治においては長らく、保守対革新という対立軸がありました。冷戦が終結すると、社会主義とセットだった革新派はリベラルを名乗るようになった。社会主義を言わない彼らがなお引き継いでいるのが護憲。中でも憲法九条です。

 護憲派には二種類あります。一つは原理主義的護憲派。九条に基づき自衛隊は違憲と主張し続ける。でも、専守防衛、個別的自衛権の枠なら政治的には存在を容認し、万一のときは命を懸けて国を守れと欺瞞(ぎまん)的なことを言うのです。もう一つは修正主義的護憲派。彼らは専守防衛、個別的自衛権の枠なら自衛隊は合憲と言う。これは解釈改憲以外の何ものでもない。リベラリズムにとって政府権力の恣意(しい)的な行使を統制する立憲主義は重要ですが、護憲派はいずれも立憲主義を裏切っています。

 九条が戦力を縛っているという護憲派の主張はうそです。九条で戦力が存在しない建前のため、派兵に関する国会の事前承認や文民統制、軍法会議、基地が置かれる自治体の住民投票など最低限の戦力統制規範を憲法で定められない。九条を削除し、憲法に戦力統制規範を盛り込んだ上で、安全保障政策に関しては通常の民主的立法過程で論議すべきです。私は良心的兵役拒否権とセットで徴兵制の導入も必要と考えています。無責任な好戦感情に国民が駆られるのを抑止するためです。私の立場がすぐには受け入れられないなら、次善の策として九条二項の明文改正で専守防衛と個別的自衛権の枠内で戦力の保有と行使を認め、自衛隊を戦力として認知して戦力統制規範を定める護憲的改憲を行うべきです。

 リベラルは社会経済的な平等のための基盤整備にも取り組む必要があります。「自由」と言えるためには実効的な選択肢が保障されなければならない。金持ちが「今夜は橋の下で寝る」と言うのは自由。しかし、橋の下に寝る以外の選択肢がないホームレスに「君は好きな所に住む自由がある」と言って何の手だても講じないのは欺瞞です。

 しかし、欧米でもリベラルは社会経済的公正の追求から後退してしまった。富裕層は政府に保護され、より豊かになる一方、中流層以下には「甘えるな、自己責任だ」。これは極めて不公正。リベラルは今こそ、公正な富の分配政策の枠組みをしっかり打ち立てるべきです。

 (聞き手・水谷エリナ)

 <いのうえ・たつお> 1954年、大阪府生まれ。日本を代表するリベラリズムの研究者。著書に『世界正義論』『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください』など。

 <立憲主義> 「政府の権威や合法性は、憲法に立脚する」「政府は憲法の下にある」との考え方。古代ギリシャ・ローマ時代に起源を持つ。近代憲法は、国家権力を制限して憲法の枠にはめ込むことによって権力の乱用を防ぎ、人権を保障する。

 これに対し、「護憲主義」は「憲法を擁護する」(例=日本国憲法の条文を変更すべきではない)などの意味で使われている。

 立憲主義と護憲主義とは異なる概念。したがって、「立憲主義者が改憲を訴える」ことは、十分にあり得る。

 

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