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熊本地震と地元紙 飯尾歩・論説委員が聞く

考える広場

2018年1月27日

小多崇さん

 “その日”のために何をどう伝え、どのように論じていくべきか−。そんなテーマを携えて今月十七日、阪神大震災から二十三年の当日に熊本を訪れました。熊本日日新聞(熊日)編集委員兼論説委員の小多崇(こだたかし)さんは、二〇一六年四月の熊本地震発生以来、被災地の今を取材し、未来を論じ続けています。論説委員が論説委員に聞きました。 

◆熊本日日新聞編集委員兼論説委員 小多崇さん

 飯尾 昨年の秋、熊本地震の被災地を案内していただきました。大変勉強になりました。その時に被災者の方々にとって最も身近な新聞である熊日さんは「日々どのような思いを持って、被災地に寄り添ってきたのですか」と尋ねると、小多さんは「日本中どこでも起こりうること、という視点に立って、目の前の現実を直視しながら、全国に発信していこうと試行錯誤を重ねています」と答えてくれました。それからずっと、もっと詳しくうかがいたいと思っていたんです。

 小多 正直言えば、私自身、熊本地震を伝えたり、論じたりする意味を問われたときに、被災者の方にも「そうだね」ってうなずいていただけるような答えを持っているかと言えば、そうは言い切れないところがあるんです。寄り添うとか、前を向いてとかいうフレーズに、非常にこう、敏感になっていましたし、今もそうなんです。寄り添うなんて、今の僕らの立場では、軽々に使えないなっていうのは、ありますね。

 飯尾 だとすると…。

 小多 例えば、災害ボランティアの皆さんとかは、被災者に寄り添い、ともに歩くという行動を本当にされていると思うんですよ。新聞記者が現地に行って、汗を流して取材して、ということが、被災地や被災者に寄り添うことになるかと言えば、僕は違うと思います。被災地や被災者の皆さんの今に触れ、心情に触れながら、記事を書き、論じることが、地方紙という媒体の「仕事」だと思うんです。僕たちは結局、書いてナンボ、なんですよ。

 飯尾 厳しいですね。でも何となく、分かるような気がします。熊日の皆さんはこれからも被災地と呼ばれるこの熊本で暮らし続けていくわけですし、“寄り添う”だけじゃ、済まされない。

 小多 私たちにできるのは、書き続けることなんです。地震発生から二年という四月の節目に向けて、記者たちが、今どんな問題意識を持っているのか、どんな課題を見いだしたのか、それらをどう伝えていくべきか、積極的に整理してみないといけないなあと、考えていたところです。

 飯尾 ご自身の問題意識は、今、どこに?

 小多 やがて二年が過ぎようとしている今だからこそ見えてくるものが、当然あると思うんです。あるいはここへ来て、見えにくくなってしまったものも−。それらを拾い集める努力を続けること、それってやっぱり、地域と人に“寄り添う”ということにもなるのかなあ−。

 飯尾 具体的には、どうですか?

 小多 災害は今社会が抱える問題を強烈に顕在化させてしまいます。強いところはそれなりの回復力を発揮しますが、社会の“ひずみ”をより強烈に突きつけてくる。弱いところがより強くダメージを受けるんです。

 飯尾 格差社会の“ひずみ”が、あからさまに顔を出す−。

 小多 障害者に対する社会のかかわり方とか意識について、あらためて取材を進めている中で、障害者だから、大変だから、災害の時には、より大きな手がさしのべられるかと思えば、決してそうではないわけです。学校とか、公民館とか、避難所にたどりつくことさえできなかった人がいる。たどりついたとしても、一人ではトイレに行けない人がいる。例えば発達障害で、大勢の人の中にいることさえ困難な人がいる。救援物資が送られてきても、配布の行列に並べない人がいる−。

 飯尾 災害弱者の被災格差。大災害が発生するたびに、指摘されてきたことなのに…。

 小多 実際に、屋根が落ちてしまって中から空が見えるような自分の家で、いまだ仕方なく暮らす人、立ち入り禁止の公民館にひっそりと引きこもる人−。その人にとっては、閉ざされたその空間がただ一つ、安心して身を置ける場所なんですね。もう死んでもいいから自宅を離れないというお年寄り…。より適切な支援が必要な人たちに、それが届かない。声を上げない限り、というか、声を上げられる人にしか、世の中が目を向けない。ならば、新聞が声を上げ続けていかなければと−。

 小多 日本は今、世界的に例のない超高齢社会に入っています。阪神大震災以降、認識が深まってはいるというものの、高齢者がこれだけ多くなり、社会構造が加速度的に変化を遂げていく中で、高齢者が日常暮らしていく中での困難が、災害に深く絡んでくるものだということを、私たちも思い知らされました。地震における課題と日常の課題。これらは区別できるものではなくて、両者を重ね合わせた上に私たちの問題意識を絡めて発信し続けないと、「まだ地震のこと言ってるの」、みたいな話にもなりかねません。

 飯尾 天災は忘れたころにやって来る、というよりも、常に災害の中で暮らしているような“日常”になってしまいましたから−。

 小多 「これ、地震と関係ないでしょ」、みたいなところが、残念ながら、しかるべき立場の人たちの中にもいまだ、残っています。災害を通じて見えてきたもので、社会のベーシック(基礎的)なところ、例えば福祉のあり方とか、その仕組みとか、社会基盤の底上げを図る必要性を痛感しています。超高齢社会を迎えてこの国は、いろんな意味で転換を迫られているはずです。防災にとどまらず、社会全体のベースアップにつながるような発信というのをしていきたい。

 飯尾 社会基盤の底上げを図るには、身近なものに“寄り添う”だけでは足りないと−。

 小多 阪神にしろ、東北の方にしろ、そのような思いは十分持っていらっしゃると思うし、メディアもそれを伝えてきた。だけど、私たちの目の前で熊本地震は発生し、今現にさまざまな問題が起きている。問題を共有するって、なかなか難しいものなんです。だからこそ−。

 飯尾 この国の社会構造も、災害の特性とか状況も、従って防災のあり方も、随分変わってきてますね。

 小多 耐震化の取り組みが一定程度進んだのは確かです。阪神のように建物の倒壊などで圧死したりする被害者は格段に少なくなりました。二十三年前と同じではありません。ただ熊本地震の場合、環境の変化に伴う関連死の割合が非常に多いんです。直接死の四倍にも上っています。行き場がなくて車中泊をしている中で、突然具合が悪くなったとか、熊本で入所していた施設が「倒壊の恐れあり」と言われて県外に移ったものの、一カ月後に亡くなったとか…。想定される南海トラフ地震で今、直接死三十二万人といわれています。熊本地震の状況を今の日本の超高齢社会に当てはめてみた場合、関連死は百万人になりかねない、と言うんです。熊本地震の被災地だけの問題ではないんです。

 <こだ・たかし> 1966年、熊本市生まれ。熊本大卒業後、熊本日日新聞入社。熊本地震後は社会部デスク兼編集委員として震災報道全般に関わり、現場取材も担当。2015年から論説兼務。編集局内に16年7月に設けられた熊本地震報道実務者会議の事務局も務める。

 <熊本地震> 2016年4月14日午後9時26分の前震(マグニチュード=M=6.5)と、16日午前1時25分の本震(M7.3)。震源は熊本県中部。同県益城町では震度7を2回観測。県内で約4万棟の住宅が全半壊。県内人口の1割に当たる18万人が避難。家屋の倒壊などによる直接の死者は50人。関連死は熊本、大分両県で200人に上っている。

 

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