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キョウちゃん、今も胸に 自身の戦争体験を描き直す ちばてつやさん(漫画家)

土曜訪問

2018年9月8日

 平成の日本は、戦争に一度も巻き込まれることなく、最後の夏を終えようとしている。漫画家ちばてつやさん(79)は、単行本としては十八年ぶりの新作『ひねもすのたり日記』第一集(小学館)で、自身の戦争体験を描き直した。終戦記念日の翌日、東京都練馬区の自宅兼仕事場を訪ねた。

 「あの日は、すごく幻想的だったのね。本当にオレンジ色の夕日で。ぼーっと見ていたら、三メートルもあるれんがの塀を人がいっぱい乗り越えてきて…」。丸めがねの奥の目を細め、ちばさんは七十三年前の八月十五日を語り始めた。

 六歳の当時、住んでいたのは旧満州(中国東北部)の奉天(現・瀋陽)。その日の夕方、終戦を知った中国人が暴動を起こし、父が勤める印刷会社の寮にも乗り込んできた。親しい中国人男性の元に身を隠したり、線路沿いをひたすら歩いたり、一家の逃避行が始まる。

 「『ちゃんと歩いてえらいね』とほめてくれたおじさんが、次の日には息をしていない。死んだ子をおぶったままのお母さんもいる。死が非常に身近でしたね」。一年近い放浪生活の末、たどり着いた引き揚げ船の中で、近所の少年キョウちゃんが息を引き取る。胸に迫るシーンだ。

 『ビッグコミック』(小学館)で連載中の今作は、老境の日常をユーモラスに描く現代と少年時代の回想が交錯しながら進んでいく。

 こんなエピソードもある。『あしたのジョー』を連載中に過労で倒れた青年時代のことを夢に見た、現代のちばさん。目が覚めて、ふと独り言が出る。「キョウちゃん…ワシ…まだ生きてるよう…」

 これまで漫画や講演などで戦争体験を何度も語ってきたが、実は「戦争の話は思い出したくない」という。「だけど、戦争で死んでしまった人たちは何も語れない。生き残った私は漫画で発言します。漫画家ですから」

 八月上旬、岡山県の九歳の少年から一枚のはがきが届いたという。戦闘機乗りたちを描いた『紫電改のタカ』(一九六三〜六五年)が「大すきです」という一言に、主人公・滝城太郎の似顔絵も。「当時は『子どもたちに理解できるかな』と思いながら描いていた。だから、五十年もたって読んでくれたのがうれしくてね」

 同作は、ちばさんが初めて戦争を主題にした漫画だ。当時の少年誌では勇ましい戦記漫画が流行。「子どもが戦争をかっこいいと勘違いしてしまう」との危機感から始めた連載だった。

 掲載誌は『週刊少年マガジン』(講談社)。必殺の「逆タカ戦法」など痛快な場面もあるが、読者に深い印象を残すのは戦争の悲しさ。米軍の撃墜王との対決後、相手は真珠湾攻撃で家族を失っていたと知り、心を通わせる滝。「戦争ってなんだ?」と自問自答を繰り返す。華々しい空中戦ではなく、特攻隊として無言で出撃する最期は、少年誌では異色とも言える。

 「それはキョウちゃんにつながっているのかもしれない。人間って簡単に死んじゃうんだ、という体験に。『あしたのジョー』もそうなんだけど、私はハッピーエンドがなかなか描けないんです。うそっぽくてね。拍手喝采で終わる話を描けないのは、自分の生きてきた体験がそうさせるのかな」 (谷岡聖史)

 

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