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不正疑惑晴れ復帰から1年 支えに感謝棋道磨く 三浦弘行さん(将棋棋士)

土曜訪問

2018年3月31日

 将棋の名人戦の挑戦者を決めるA級順位戦は今期、熾烈(しれつ)を極めた。リーグ最終日の今月二日、参加棋士十一人のうち六人が一位タイで並び、プレーオフにもつれ込む史上初の事態となった(その後、羽生善治二冠が挑戦権獲得)。一方、B級1組への降級者を決める争いも混戦となっていた。勝てば残留、負ければ降級という大一番を制し、首の皮一枚でA級に残ったのが三浦弘行九段(44)だった。

 一昨年十月、対局中の離席が多いとしてスマホを用いた不正を疑われ、竜王戦の挑戦取り消しと出場停止処分を受けた。その後の第三者委員会の調査で疑惑は完全に否定され、昨年二月に復帰した。その後の一年について「精神的に立ち直れるかという不安との戦いだった」と口を開く。

 復帰直後は四連敗した。騒動の渦中の約四カ月間、とても盤に向き合う気にはなれなかった。もともと研究熱心な棋士として知られる。小学三年で将棋を始めて以来、最長のブランクだった。その影響に加え「また疑いをかけられるのでは」との不安も大きかった。対局前には自身の身体検査を念入りに行うよう申し入れ、対局中は手洗いに立つのも気を使った。集中が妨げられ、いつものペースを取り戻せなかった。

 結果が出ないことで、やはり不正をしていたのではないかと中傷を受けたこともあった。苦しい日々が続く中、がん闘病を公表していたフリーアナウンサー小林麻央さん(昨年六月死去)のブログから力をもらったという。「どれだけ追い込まれた状況でも、できることは必ずある。そう言われているような気がしたんです」

 六月、復帰後初めて持ち時間の長い対局で強豪棋士に勝ち、好転の兆しが見えた。「集中を乱すことなく指せたので自信になった」

 その後は白星が先行。二〇一七年度は二十四勝十五敗(勝率六割一分五厘)と、トップ棋士として堂々の成績を残した。八月には第一人者の羽生二冠から勝利を挙げ、棋王戦では挑戦者決定戦の一歩手前まで勝ち進んだ。「棋士である以上、対局の結果でも疑いを晴らしたかったので、この一年は重要だと思っていた。力を発揮することができて良かった」

 好成績を残せたのは「応援していただいている人々の支えのおかげ」と強調する。第三者委員会の調査結果が出る前から自分のことを信じ、「また研究会をしましょう」と声を掛けてくれた棋士がいた。師匠の西村一義九段(76)は復帰時、心の余裕を持たせようと、「十連敗したっていいんだ」と言ってくれた。

 今年の正月、一通のはがきが届いた。がんを患っているファンから。「私も頑張ります。三浦先生も頑張ってください」とあった。自分の活躍で他人を勇気づけられると思うと、うれしかった。A級残留をかけた大一番にも、はがきを持参した。

 その順位戦最終局は渡辺明棋王(33)との対戦だった。一昨年、疑惑を指摘した棋士の一人で、周囲からは「因縁の対決」と騒がれた。「雑念が出るといい結果にならない。一月ごろから将棋の内容が良くなかったので、自分の将棋を見つめ直し、いい将棋を指すことだけを考えた」。自然体の意識が、執念の残留に結び付いた。

 一連の騒動によって屋台骨の揺らいだ将棋界だが、最年少棋士の藤井聡太六段(15)の活躍で一転、大ブームが巻き起こっている。藤井六段の師匠、杉本昌隆七段(49)は研究会の仲間。一五年夏には、プロ入り前の藤井六段らを群馬県高崎市の自宅に招いて合宿をしたこともある。「当時も詰め将棋を解くスピードに驚愕(きょうがく)したが、この二年半で想像もつかないくらい強くなっている」と評する。

 そうした若手の台頭に加え、近年はコンピューターを用いた研究の進化で戦術面も激変している。「何十年も正しいと信じられてきた定跡が崩れている時期。新しいものを受け入れ、一からやり直す勇気が必要」。そう目を輝かせて語る姿は、求道者を思わせる。

 「棋士として求められているのは、最善を尽くし、その結果をファンに見てもらうこと。また大きな舞台に出ることで、応援にこたえたい」 (樋口薫)

 

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