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幸福と平和、下支えを 「お客さま目線」で運営見直し 佐々木丞平さん(京都国立博物館館長)

土曜訪問

2018年1月20日

 六十二万四千五百人。京都市東山区の京都国立博物館(京博)で昨秋開かれた開館百二十周年の記念特別展「国宝」が、同館では過去最高となる入場者数をたたき出した。国宝指定の美術工芸品の約四分の一となる計二百十件を集めた豪華な企画だ。

 「開館した一八九七(明治三十)年は、古社寺保存法という文化財を守る法制度も初めてできました。そこで、全要素で頂点にある国宝を通じて日本の文化財とはどういうものか、いかに守られてきたかを再認識してほしい、と。趣旨が思った以上に浸透して多くの方に見ていただけ、大変うれしかった」。同館の館長で美術史家の佐々木丞平(じょうへい)さん(76)はそう振り返る。

 京都府教委と文化庁で、文化財保護に携わった。四館ある国立博物館と東京、奈良の文化財研究所などを束ねる「国立文化財機構」の理事長を、昨春まで十年務めた。国内きっての専門家の目に映る「文化財保護の百二十年」は、明治初頭の危機から始まる。「急激な文明開化で、東洋、日本の文化はもう古いと、みんなが無関心になってしまった。廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)がその例です。貴重な文化財が忘れられ、毀損、廃棄されることが当然のように行われた」

 こうした悪弊にあらがうように博物館と保存法が誕生。昭和初期には個人や公の所有物も対象とした国宝保存法ができ、さらにその後、活用にも視野を広げた文化財保護法ができた。

 自らも機構の理事長時代には、大災害に備える「文化財防災ネットワーク」を文化施設や学術団体などに呼び掛けて組織した。文化財保護のノウハウや地盤固めが一通り整った今、「五十年、百年先を見越して地盤の上にどんな立派な『建物』を建てていくか。そんな時期に入った」と語る。

 「建物」とは文化国家のこと。それをつくるのに欠かせないのが熱意と資金だが、日本は国家予算のわずか0・1%。その低さには苦言を呈し続ける。たとえばフランスは1%を確保し、義務教育で芸術史を教科化する思い切った施策も採るという。自国文化への温度差は歴然としている。

 「そのままでも食べられるが、もう少しおいしくしようとか、服に模様や色を付けてみようとか、これすべて文化なんです。人間が人間らしく生きるための、いわば装飾。無意識のうちに人の心を潤すのが文化であり、それを物語るのが文化財というわけです。日本も素材はそろっていて、あとはいかに料理し提供するかに尽きる」

 明治の悲劇を繰り返さないためにも、政治や経済をはじめあらゆる分野で文化の優先順位を高めること、次代を担う子どもへの教育の大切さを説き続ける。そうした中で博物館、特に手本となるべき国立館は変革を迫られていると考える。「保存・研究・展示に加え地域や社会への貢献が求められる時代になった」と。

 自身は近世絵画史を専門とし、特に与謝蕪村らの文人画の研究に打ち込む。美術研究者の妻・正子さんとの共著『円山応挙研究』では日本学士院賞を受けた。また、画家の落款や印章から作品の真贋(しんがん)や制作年代を探る手法を、偽造印の捜査技術にヒントを得て確立。そんな柔軟な発想を持つアイデアマンは、館長に就いた十三年前、地元の友人がくれた忠告を忘れない。

 「京都人は『京博』ではなく『国博』と呼ぶ。単に京都に建物がある国の機関で、敷居が高く、自分らとは無縁だと。あんたがまずやるべきは、この地に根を張る努力をすることだ」

 興味のある人は来なさいと腕組みして待っていた姿勢を改め、お客さま目線で見直そうと、常々部下に呼び掛ける。四年前に完成した新館は圧迫感のない設計で評価が高く、近年はイベントも盛んに企画。音楽会や「ゆるキャラ博」を開くなど、いかついイメージを徐々にほぐしてきた。

 「こんな伝統、文化が残る国に住んでいて良かったという幸福感が充満すれば、争いのない平和に行き着きます。博物館の社会貢献とは、究極には人間の幸福と平和を下支えすること。『博物館って行きづらい』という壁を取り払ってもらうため、情報発信などできることは何でもやりたい」 (谷村卓哉)

 

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