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書き切った2500年の歴史 最後の長編『ギリシア人の物語』完結 塩野七生さん(作家)

土曜訪問

2018年1月13日

 大作『ローマ人の物語』で知られる作家の塩野七生(ななみ)さん(80)が、「最後の歴史長編」と位置付ける『ギリシア人の物語』全三巻(新潮社)を完結させた。「一作ごとに山を登ってきたという感じです。『やった!』。それが今の気持ち」とほほ笑む。

 デビュー作の『ルネサンスの女たち』からおよそ半世紀、自ら「歴史エッセイ」と呼ぶ地中海が舞台の作品を紡いできた。「小説にわざわざしなくても、歴史自体がダイナミックで面白い」。小説でも学術書でもない、歴史を自由な想像力で大胆に再構築するスタイルで幅広い読者を獲得してきた。

 地中海に関心を持ったきっかけは、高校時代に読んだホメロスのギリシャ英雄叙事詩『イリアス』だった。なかでも英雄アキレウスの勇姿に心をときめかせた。作家として長くローマ世界と格闘してきたが、「たぶん、この年までギリシャ人たちが生かしてくれたんですよ。『俺たちのことを書かないの? 地中海の歴史を書くんだとか言っててさ』って」。

 『ギリシア人の物語』は、「歴史の父」と呼ばれる紀元前の歴史家ヘロドトスたちが描く古代ギリシャ世界を再構築した作品だ。シリーズ第一巻「民主政のはじまり」、第二巻「民主政の成熟と崩壊」では、都市国家アテネの歴史を通して「民主主義」の問題を考えた。紀元前五世紀の政治家ペリクレスは演説の力を武器にリーダーシップを発揮し、民主政の黄金期とされる一時代を築く。しかし、後の政治家は人々の漠然とした不安をあおり、民主政を衆愚政に堕落させていく。

 「私にはずっと、日本人の民主政に対する楽観的な期待が分からなかったんです」と明かす。物語を書き終えた今、「たしかに民主主義は最良のシステムだろうと思います。それは多くの人が自由に考えられるから。しかし、民主主義は機能しなくなることが欠点なんです」と語る。

 民主主義が機能するための条件として、塩野さんはアテネの教訓から「リーダーの資質」を挙げる。「政治家には、有権者がなんとなく感じているニーズにはっきりした形を見せて、これをやろうと提唱する能力が求められている。最後まで人工知能と取り換えがきかないのが政治家です」

 対して今の日本の政治家への見解を求めると、「あなた方マスコミがいけない」と鋭い調子で返ってきた。「ちょっとユーモラスな発言をすれば『失言だ』と問題にする。そうすると、批判された政治家はだんだん話さなくなって、能力が落ちちゃう。それで、若い人たちが政治に関心を持たなくなる」

 シリーズ第三巻「新しき力」は、アテネの没落後にギリシャ人国家のマケドニアから現れたアレクサンダー大王が主人公だ。二十歳で王位に就くと、ギリシャ世界を一気に統一。インダス川流域までの東方世界を征服し、三十二歳の人生を駆け抜けた。

 この作品が自身最後の長編となる理由について「第一には地中海が中心にあった時代、それを私は書き切ったわけです」と語る。塩野さんは本シリーズの完結で、アテネの台頭から十八世紀のベネチア共和国の滅亡まで約二千五百年の歴史を一人でつづったことになる。

 「第二には、一作を書き終えるのに一年間は集中力を持続させなきゃいけない。その体力が、もうない」。とはいえ「なんだか大変そうって思うかもしれないけど、そんなこともないのよ」と続けた。「私はこの夏を、彼と一緒に生きたんですよ。アレクサンダーと」。第三の理由として、「いい男はみんな書いちゃったから」と笑った。

 「花火大会があるでしょ。最後に最高の花火がぱーっと散って、スッと暗闇になる。それが彼でした」と目を輝かせた。さらに「私は喜んで苦労した。読者も読むのは大変かもしれないけど、楽しんで読んでほしい。私にとって非常な幸いは、歴史へのアプローチの一つとして私の本を受け入れてくれた読者がいてくださったことです」と感謝の言葉を述べた。 (小佐野慧太)

 

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