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越境者の言葉に迫る 『ナボコフ・コレクション』を監修 沼野充義さん(ロシア・東欧文学研究者)

土曜訪問

2017年12月9日

沼野 充義さん (ロシア・東欧文学研究者)

 今年で没後四十年の作家ウラジーミル・ナボコフ(一八九九〜一九七七年)の初期作品から代表作までを収めた『ナボコフ・コレクション』(全五巻、新潮社)が刊行開始された。ロシアから米国に亡命し、英露両国語を駆使して「言葉の魔術師」と呼ばれた巨匠の全体像に迫る企画。「ナボコフは二十世紀以降の『越境作家』たちの元祖」と語る監修者の沼野充義(みつよし)さん(63)を、東京大の研究室に訪ねた。

 ナボコフといえば、「ロリコン」の語源となった長編『ロリータ』の印象があまりに強い。中年の大学教授が十二歳の少女に恋し、その母親と結婚する内容。一九五五年に英語で刊行され、一大センセーションを巻き起こした。「当時、ナボコフは米国の作家として日本に紹介されたため、その作家像は長らく半分しか知られていませんでした」

 ナボコフはロシア革命に伴い亡命。ベルリンやパリを転々とし、四十一歳で米国に移った。渡米前はロシア語で、その後は英語で執筆し、それぞれに代表作を残している。「期間も著作の量もほぼ半々。母語以外の言語で書いた作家はほかにもいるが、これだけの量を二カ国語にわたって洗練された完璧な文章で残した作家はまずいない」

 日本では従来、前半生の著作も英語版から重訳されてきた。全十一作を収める今回のコレクションでは、オリジナルであるロシア語版からの初訳が九作を占める。「ナボコフは英訳時、自らチェックして文章に手を入れている。分かりやすくなった部分もあって、ロシア語版の方が絶対いいというわけではないが、若いころの文体のみずみずしさ、実験精神に富んだ様子は伝わるはず」と、沼野さんは意義を強調する。

 例えば第一回配本に収録の「マーシェンカ」(奈倉有里訳)は、著者二十六歳でのデビュー作。作家自身を思わせる亡命ロシア人の青年の不安定な心情が、叙情的な筆致で描かれる。「ナボコフにとってロシアは失われた楽園であり、文学的な想像力の中にのみ存在するユートピアだった。生涯にわたるテーマの萌芽(ほうが)が既に表れている」

 沼野さん自身も、今後配本の巻で本邦初紹介となる戯曲「ワルツの発明」を翻訳した。「政治風刺やSFも入ったドタバタ喜劇風のもので、ともかく面白く、作家の新しい一面が見られる。人任せにせず、自分で訳して良かった」と笑う。

 昔から「越境的な作家に興味があった」という。米ハーバード大に留学していた二十代後半のころ、本国ソ連では完全に無視されていたナボコフのロシア語作品を読み、「故国の土台を失ったところで文学に何ができるかという、より厳しい問いを突きつけられた作家だ」と感銘を受けた。

 英語とロシア語の二つの顔を持つ作家にして詩人、チェス愛好家であり、蝶(ちょう)の研究者−。そんなナボコフの魅力について聞くうち、記者はふと気づいた。ロシアとポーランドの文学研究者にして、世界、日本の現代文学を縦横無尽に論じる文芸評論家。そんな沼野さん自身も、ナボコフ的な「越境者」ではないか。

 「やはり一カ国だけの専門家では面白くないとの思いがありました。米国やロシア、ポーランドの最新作と比較して日本の小説を読むうち、これは内輪でしか通じない、これは世界的にもほかに書いている人がいない作品、というのが見えてくるようになった」

 本紙の「文芸時評」を二〇一五年まで十年以上担当するなど、最前線での観測を続けてきた。その目に文学の現在、そして未来はどう映っているのか。

 「今の社会や政治を見ると、言葉というものがあまりにおとしめられていると感じます。何を言ってもいい。真実であるかより、いかに人の感情に訴えるかの方が大事。そんな時代になってしまった」

 その眼光が鋭くなる。

 「文学とは言葉です。本当の作家が書く言葉というのは取り消しも改変もできない。フィクションだけどそこには深い意味での真実がある。言葉の力は、文学者が守るしかないんです」

 熱弁を聞き、痛感した。今こそ「言葉の魔術師」の出番だ、と。 (樋口薫)

 

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