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「みとる」と「生きる」と

私説・論説室から

2018年8月8日

 「心不全が進みこれ以上の治療はできません。今後どこでみとるかを決めてください」

 長野県内のある総合病院。八十代の女性患者の主治医は、会議室に集まった家族やケアマネジャーにこう告げると退出した。転院か施設か。決めかねうなだれる家族に、担当の女性訪問看護師(52)が口を開いた。

 「みとるというけど、患者さんは今、生きている。これからもどこでどう生きたいか、それを考えていきませんか」。途端、長女は無言のまま大粒の涙をこぼした。本人と家族は帰宅を選ぶ。看護師は「私が行って一緒に(世話を)やっていくから」と励ました。

 「いつ心停止するか」との退院だったが、女性はその看護師の訪問のたび「今日はギョーザを食べた」などとうれしそうに話した。そして二カ月後の七月末、見守る家族に「ありがとう」の言葉を残し穏やかに旅立った。

 以前の話になるが、一九九六年、日本看護協会創立五十周年記念式典に臨席した美智子皇后は述べられた。「医療がそのすべての効力を失った後も患者と共にあり、患者の生きる日々の体験を、意味あらしめる助けをする程の、重い使命を持つ仕事が看護職」であると。

 昨年、国内では約百三十四万人が亡くなった。高齢化に伴い、総人口減とは対照的に五年連続の増だ。そんな多死社会にあって、最期まで患者の「生きるを支える」看護職の存在に胸熱くなる。 (白鳥龍也)

 

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