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白紙の社説面

私説・論説室から

2018年7月4日

 米国の首都ワシントンに程近いアナポリスは、東部メリーランド州の州都であり、海軍士官学校の街としても知られる。

 その地元の新聞社キャピタル・ガゼットで銃撃事件が起き、五人の犠牲者が出た。米メディアによると、記者が襲撃に巻き込まれた事件としては、過去数十年間で最悪の死傷者数だった。容疑者はキャピタル紙のコラム記事をめぐり、個人的な恨みを抱えていた、という。銃社会の過酷さを物語る。

 米国の新聞はインターネットの伸長で厳しい状況に置かれて久しい。人員削減や廃刊に追い込まれた新聞社も少なくない。

 その結果、地方政治を取材、報道する担い手がいなくなり、汚職と腐敗のまん延につながった、という米大学の研究もある。

 その中で、キャピタル紙は健闘していたのだろう。悲劇にひるまず、地域の報道機関としての使命を果たし続けてほしいと願う。

 事件翌日も発行されたキャピタル紙は事件を詳報し、社説面には「きょう、私たちは言葉を失った。犠牲者追悼のため、あえて白紙とする」として五人の氏名を掲載した。犠牲者には社説を書く論説委員も含まれる。

 ほぼ白紙の社説面に賛否もあろうが、余白の大きさが胸に迫る。「この紙面はあす、読者に主張を伝えるという不変の目的に戻る」と続く。この一文が、私たち論説室の役割をあらためて気付かせてくれた。(豊田洋一)

 

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