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あの日の駅のざわめき

私説・論説室から

2017年4月19日

 戦争からまだ二十五年しかたっていなかったのだと、年を重ねた今は思う。一九七〇年十一月二十五日水曜日の夕方。いつもの帰り道、友人と地下鉄荻窪駅の改札を出た時のざわめいた空気は忘れられない。

 「三島由紀夫が割腹自殺したらしいぞ」と声高な友人、売店に並ぶ夕刊の大見出し。夏休みに仲間と大阪万博「人類の進歩と調和」に行ったばかりの高校生だった。そこに突然姿を見せた軍服の作家と割腹という時代を錯覚するような現実…。

 憲法施行七十年の今年一月、自決九カ月前の三島のインタビューテープが見つかった。四十五歳。ネットで肉声を興味深く聞いた。

 「平和憲法は偽善です」と批判するのは戦力不保持の九条第二項で「日本の変な学者が逆解釈して、自衛隊のことを認めているわけでしょ。そのようなことをやって、日本人はごまかしごまかし生きてきた。ぼくは大嫌いなんですよ、そういうことが」。

 そして次のように続けていた。

 「理想は理想でぼくは立派だと思っている。憲法九条っていうものをぜんぶいけないと言っているのではないんです。つまり人類がですね、戦争をしないということは、平和を守ると言うことは立派なことです」−戦争から七十二年。分断したままの朝鮮半島で高まる危機。憲法の理想と平和への知恵が問われる日がくるかもしれない。 (安田英昭)

 

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