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近世年号の決め方は 歴博で関連の国宝、重文など展示

千葉

2017年9月22日

近世の改元にまつわる貴重な史料が並ぶ会場=佐倉市で

 天皇陛下の退位に伴う平成の終わりが現実味を帯びる中で、中央大文学部の水上雅晴教授(中国哲学)らの研究グループが公卿(くぎょう)の史料をひもとき、近世の年号の決め方を解明した成果の特集展示「年号と朝廷」が、佐倉市城内町の国立歴史民俗博物館で開かれている。十月二十二日まで。

 水上教授は「年号は日本人にとって具体的なイメージを結びやすい大事な文化。漢籍から引用する名前のつけ方は一世一元制となってからも踏襲されてきた。平成の次を検討する作業は、もう進んでいる」と話す。

 中心的な展示物は、広橋経光(一二一二〜七四年)の直筆記録「経光卿改元定記 寛元・宝治・建長」。自身も含む公卿たちが参列し、年号案を読み上げて出典や意味を説明したり、縁起の良しあしや験担ぎを討議したりと、年号決定のため夜通し行われた評議の様子が克明に記されていた。

 また、年号の引用元となった漢籍の例として、印刷された書物として最古の「宋版史記」「宋版漢書」など、国宝や重要文化財を含む貴重な史料が並ぶ。

 滋賀県の広橋家に伝わる資料千八百十五点のうち、年号関連が一割も占めていたことをきっかけに、三年前に研究を始めた。退位とは無関係だが、結果的にタイムリーな企画となった。

 展示物には、過去九回も落選したという「大喜」など、未採用の年号の案が多く確認できる。これまで使われた漢字の頻度や書物別引用回数のランキングなど、迫る改元への関心にも応える内容となっている。 (小沢伸介)

 

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